ヤン・デ・ボン

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ヤン・デ・ボン
Jan de Bont
生年月日 1943年10月22日(71歳)
出生地 オランダの旗 オランダアイントホーフェン
国籍 オランダの旗 オランダ
配偶者 モニーク・ファン・デ・フェン(1977年 – 1988年)
トリッシュ・リーヴス

ヤン・デ・ボンJan de Bont, 1943年10月22日 - )は、ハリウッドで活躍する撮影監督・映画監督

略歴[編集]

オランダアイントホーフェン出身。『ダイ・ハード』(1988年)、『ブラックレイン』(1989年)、『レッド・オクトーバーを追え!』(1990年)『氷の微笑』(1992年)などで撮影監督を務め、1994年の映画『スピード』で監督デビューした。

ゴジラファンであることも有名。一度はハリウッド版『GODZILLA』(1998年)の監督に決定したが、製作費が掛かりすぎるとされ降板した[1]

アクション映画ではヘリから撮影した映像を多く用い、ほとんどの監督作ではラストシーンのショットが被写体からゆっくりとズームアウトしていく構図になっている。

主な作品[編集]

監督作品[編集]

撮影作品[編集]

プロデュース作品[編集]

他監督との関連[編集]

前述の通り、撮影監督から監督へと転身したが、処女監督作品『スピード』での撮影監督であるアンジェイ・バートコウィアクも、後に『ロミオ・マスト・ダイ』にて監督を務め、その後も映画監督として活躍している。

参照[編集]

外部リンク[編集]