モントローズ公爵

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モントローズ公爵の紋章

モントローズ公爵: Duke of Montrose)は、イギリス公爵位。スコットランド貴族。爵位名はスコットランド東部、アンガス州のモントローズMontrose)にちなむ。

最初は第5代クロフォード伯爵デイヴィッド・リンゼイDavid Lindsay, 5th Earl of Crawford)に対して1488年に与えられたが、同年剥奪された。後に返還されたものの一代限りとされたため、この爵位は相続されなかった。次は1707年に第4代モントローズ侯爵ジェイムズ・グラハムJames Graham, 4th Marquess of Montrose)に対して与えられ、以後現在までグラハム家が保持している。

2014年現在のモントローズ公爵は、第8代公爵となるジェイムズ・グラハムJames Graham)である。1999年貴族院法によって世襲貴族が自動的に貴族院に議席を持つことはなくなったが、彼は議員に選出されたためこの貴族院改革後も議席を持っている。

従属称号[編集]

2009年現在、モントローズ公爵には以下の称号が付随する。

  • モントローズ侯爵(Marquess of Montrose1644年創設)
  • グラハムおよびブキャナン侯爵(Marquess of Graham and Buchanan1707年創設)
  • モントローズ伯爵(Earl of Montrose1505年創設)
  • キンカーディン伯爵Earl of Kincardine、1707年創設)
  • ベルフォードのグラハム伯爵(Earl Graham of Belford1722年創設)
  • ダンダフ子爵(Viscount Dundaff、1707年創設)
  • グラハム卿(Lord Graham1415年創設)
  • Aberruthven・マグドックおよびFintrie卿(Lord Aberruthven, Mugdock and Fintrie、1707年創設)
  • ベルフォードのグラハム男爵(Baron Graham of Belford、1722年創設)

このうち「ベルフォードのグラハム伯爵」と「ベルフォードのグラハム男爵」がグレートブリテン貴族であり、他はすべてスコットランド貴族である。公位の法定推定相続人は、儀礼称号としてグラハムおよびブキャナン侯爵と称する。

また、モントローズ公爵は、スコットランドの氏族のひとつグラハム氏族Clan Graham)の氏族長でもある。

歴史[編集]

デイヴィッド・リンゼイの受爵[編集]

1488年、第5代クロフォード伯爵デイヴィッド・リンゼイはスコットランド王家と縁戚関係にない人物として最初の公爵位となるモントローズ公爵を与えられた。彼はスコットランド王ジェイムズ3世の寵臣で、スコットランド海軍司令長官Lord High Admiral of Scotland; スコットランド海軍総司令官)、Master of the Household of ScotlandGreat Chamberlain大判官Justiciar; 最高司法官)といった職を務め、ロスシー公爵ジェイムズ王子の反乱の際も国王側についた。ソーキバーンの戦いBattle of Sauchieburn)でジェイムズ3世が敗死してロスシー公爵がジェイムズ4世として即位するとモントローズ公爵位は一時剥奪されたが、翌1489年、一代限りの爵位としてモントローズ公爵位は再びデイヴィッド・リンゼイのものとなった。1495年に彼は死去し、息子のジョンJohn Lindsay)はクロフォード伯爵位のみを相続した。

グラハム家の受爵[編集]

グラハム氏族は、スコットランド中央部のハイランドローランドにまたがるパースシャーPerthshire)に本拠を持つスコットランドの氏族である。グラハム氏族の初期の著名な人物に、愛国者のサー・ジョン・ドゥ・グラハムSir John de Graham)がいる。彼はサー・ウィリアム・ウォレスの友人にして右腕であったが、1298年フォルカークの戦いで戦死した。

その後一族の所領や影響力は増大し、1415年パトリック・グラハムはグラハム卿に叙された。1488年ソーキバーンの戦いにおいてグラハム氏族は国王ジェイムズ3世側について戦った。

第3代グラハム卿ウィリアム・グラハムは、1505年ジェイムズ4世によってモントローズ伯爵に叙された。彼が1513年9月9日フロドゥンの戦いBattle of Flodden Field)で戦死すると、長男のウィリアムが襲爵した。2代伯の成人した最年長の息子であるロバートは1547年9月10日ピンキーの戦いBattle of Pinkie Cleugh)で戦死したため、その息子のジョンJohn Graham)が3代伯となった。

初代モントローズ侯爵ジェイムズ・グラハム

4代伯となったジョンは、3代伯の長男である。続いてその長男のジェイムズが5代伯となった。彼は国民盟約の結成を主導し、続く清教徒革命後のスコットランド内戦Scotland in the Wars of the Three Kingdoms)において国王チャールズ1世に代わって王党派を率いて戦ったが、カービスデイルの戦いBattle of Carbisdale)に敗れて捕縛・処刑された。5代伯は1644年にモントローズ侯爵に叙されており、一人息子のジェイムズが襲爵、2代侯(6代伯)となった。

2代侯が死去するとその息子のジェイムズが3代侯に、続いて3代侯の一人息子のジェイムズJames Graham)が4代侯となった。4代侯はイングランドスコットランドの合併を定める1707年連合法Acts of Union 1707)の制定にスコットランド枢密院長(Lord President of the Council of Scotland)として尽力し、その功績によりアン女王によって同年モントローズ公爵に叙された。彼が1742年に死去すると、一人息子のウィリアムWilliam Graham)が2代公となった。

3代公となったジェイムズJames Graham)は、2代公の長男である。彼は初め庶民院議員となり、襲爵によって貴族院に移った。ウィリアム・ピット内閣で商務院総裁President of the Board of Trade)となったほか、主馬頭Master of the Horse)や王室侍従長Lord Chamberlain; 宮内長官)といった職も務めた。また1782年には1747年ハイランドドレス着用禁止法を廃止させた。

3代公が死去すると、その長男のジェイムズJames Graham)が公位を相続した。彼も政治家で、王室副侍従長Vice-Chamberlain of the Household)・王室家政長官Lord Steward; 王室家令長)・ランカスター公領大臣Chancellor of the Duchy of Lancaster; ランカスター公領尚書)・逓信公社総裁(Postmaster General)を歴任した。

第5代モントローズ公爵ダグラス・グラハム

続いて4代公の長男のダグラスDouglas Graham)が5代公に、5代公の長男のジェイムズJames Graham)が6代公となった。

6代公が死去すると、その長男であるジェイムズJames Graham)が7代公となった。彼はイギリス植民地であった南部アフリカで生涯の大半を過ごし、1965年北ローデシアローデシア・ニヤサランド連邦からの「独立」宣言にはイアン・スミス内閣の農業大臣として署名し、後には国防大臣を務めた。

現在のモントローズ公爵は、1992年に襲爵した8代公ジェイムズJames Graham)である。7代公の長男である彼は保守党の政治家で、1999年貴族院法成立後に世襲貴族から選出された92人の貴族院議員の一人であり、紋章院総裁(Earl Marshal)として議席の世襲が認められたノーフォーク公爵を別にすれば貴族院唯一の公爵である。

邸宅[編集]

現在、公爵家の邸宅は、ローモンド湖近くのAuchmarにある。

マグドック城址の南面

13世紀から17世紀にわたってグラハム氏族は、現在のスターリング・カウンシル・エリアにあるマグドック城Mugdock Castle)に本拠を置いていた。スコットランド内戦中の1641年初代モントローズ侯は初代アーガイル侯爵アーチボルド・キャンベルArchibald Campbell, 1st Marquess of Argyll)に敗れて処刑され城も奪われたが、アーガイル侯が1661年に処刑されるとマグドック城は返還され、侯爵家はブキャナン城Buchanan Castle)に遷るまで再び本拠を置いた。第二次世界大戦中の政府による接収を経て、現在マグドック城はスターリング・カウンシルが所有している。

1890年代のブキャナン城

1854年第4代モントローズ公は、ブキャナン氏族Clan Buchanan)からスターリングシャーStirlingshire)のブキャナン城を買い取り、2年前に焼失していた城を再建した。以後1925年に売却するまで、公爵家の本拠はブキャナン城に置かれていた。現在ブキャナン城はナショナル・トラスト・フォー・スコットランドNational Trust for Scotland)に史跡として登録され保護されているが、修復が必要な史跡にもリストされている。

一覧[編集]

グラハム卿 (1415年)[編集]

モントローズ公爵 (第1期; 1488年)[編集]

モントローズ伯爵 (1505年)[編集]

モントローズ侯爵 (1644年)[編集]

モントローズ公爵 (第2期; 1707年)[編集]