モハメド・ナシード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
モハメド・ナシード
މުޙައްމަދު ނަޝީދު
Mohamed Nasheed cropped.jpg
ニューヨークメトロポリタン美術館にて

任期 2008年11月11日 – 2012年2月7日
副大統領 モハメド・ワヒード・ハサン

出生 1967年5月17日(47歳)
Presidential standard of the Maldives.svg モルディブ・スルターン国、マレ
政党 モルディブ民主党
配偶者 ライラ・アリ・アブドゥラー

モハメド・ナシードディベヒ語: މުޙައްމަދު ނަޝީދު: Mohamed Nasheed1967年5月17日 - )は、モルディブの政治家。同国で初めて民主的に選出された大統領である[1](第二共和政第3代:2008-2012年)。モルディブ民主党の創設者であり、長期独裁政権を築いたマウムーン・アブドル・ガユームに2008年の大統領選挙で勝利した。国内ではアンニ (Anni) と呼ばれる[2]

経歴[編集]

首都マレの生まれ。1982年にスリランカのコロンボ国際学校中等科を、1984年にイギリスのドートシーズ高等学校を、1989年にイギリスのリヴァプール・ジョン・ムーアズ大学をそれぞれ卒業。同大学から海洋学の学士号を取得した[3]

ジャーナリストとしてモルディブの民主主義と人権の旗手となり、数度投獄や自宅軟禁に処された。そのなかで2000年にマレの区議会議員に就任。2003年11月にはスリランカとイギリスに亡命したが、2005年4月に帰国した。同年にモルディブ民主党が合法化されると、代表に就任した[3]

2008年10月28日の大統領選挙には民主党から立候補した。投票率87%のうち、ナシード54%、ガユーム46%でナシードが勝利し[4]、11月11日に宣誓を行った。就任後、2009年10月17日にはギリフシ島の海底6mの地点で世界初の海中閣議を開き、水没の危機に瀕する島嶼国の救済を求める決議を採択した[5]。2010年4月に韓国ソウルで開かれた第4回世界経済界環境会議では、地球温暖化に対する取り組みを認められ地球環境大賞を受賞した[6]

2012年1月に刑事裁判所判事のアブドラ・モハメドが職権乱用などを行ったとして逮捕を命じたことにより野党が大統領辞任を要求。反政府デモが勃発し、これに警察当局が参加したことを受け国内は混乱極まり、2月7日に大統領辞任を表明[1]。副大統領のモハメド・ワヒード・ハサンが大統領に昇格した[7]。2月8日には「兵士たちから銃を突きつけられ、辞任を迫られた」と述べ、クーデターであったことを示唆[8]。2月9日に逮捕状が出されものの、執行はされていない。

2013年の大統領選挙に再び立候補。同年9月に行われた投票では、トップとなるものの最高裁判所に選挙結果を無効と判断された。続いて10月に行われる予定であった、やり直しの選挙も警察の介入で延期。選挙は11月9日に行われ、ふたたびトップになるものの当選に必要な過半数は得られなかった[9]。11月16日に執行された決選投票では得票率48.6%にとどまり、51.3%を獲得したモハメド・ヤミーン英語版に敗れた[10]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]