マーク・E・ケリー

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マーク・エドワード・ケリー
宇宙飛行士
国籍 アメリカ合衆国
誕生 1964年2月21日(49歳)
ニュージャージー州オレンジ
他の職業 テストパイロット
階級 アメリカ海軍大佐
宇宙滞在期間 24日14時間12分
選抜試験 1996 NASA Group
ミッション STS-108, STS-121, STS-124, STS-134
記章 Sts-108-patch.png STS-121 patch.png STS-124 patch.svg STS-134 patch.png

マーク・エドワード・ケリー(Mark Edward Kelly、1964年2月21日 - )は、アメリカの宇宙飛行士、海軍軍人。妻は民主党所属の下院議員ガブリエル・ギフォーズ。双子の兄弟のスコット・ケリーもNASAの宇宙飛行士である。

目次

ミッション [編集]

STS-108 [編集]

2001年12月5日UTC)〜12月17日(UTC)、ミッション「STS-108」にて、ケリーは操縦手としてエンデバーに搭乗した。国際宇宙ステーションへの物資の搬入などが目的であった。ケリーにとっては初のミッションであったが、特にトラブル等は発生せず、無事に地球に帰還した。

STS-121 [編集]

2006年7月4日(UTC)〜7月17日(UTC)、ミッション「STS-121」にて、ケリーは操縦手としてディスカバリーに搭乗した。国際宇宙ステーションに向かうトーマス・ライターの搬送や国際宇宙ステーションへの物資の補給、それに加えて実験などが行われた。

STS-124 [編集]

2008年7月29日JST)、内閣総理大臣福田康夫(左から4人目)を表敬訪問するケリー(左から3人目)らSTS-124の乗組員

2008年5月31日(UTC)〜6月14日(UTC)、ミッション「STS-124」にて、ケリーは船長としてディスカバリーに搭乗した。ケリーにとっては船長として参加した初のミッションとなった。

フライト中、搭乗運用技術者星出彰彦らとともに、地上の日本科学未来館との交信に臨んだ。日本科学未来館に集まった日本内閣総理大臣福田康夫文部科学大臣渡海紀三朗在日本アメリカ合衆国大使ジョン・トーマス・シーファー宇宙飛行士毛利衛らとメッセージを交わした。ケリーと福田は面識がなかったが、福田から「今研究されている成果が地球環境を良くする成果を生むのではないかと思って期待しています。ぜひ、実験の成功を祈っております。また、帰国されたらお目にかかりたいと思います」[1]とのコメントが伝えられた。

地球帰還後、ケリーはSTS-124の乗組員を率いて日本を訪れ、総理大臣官邸を表敬訪問した。その際、福田が乗組員らの労をねぎらうとともに、ケリーに対し「(国際宇宙ステーションとの交信以来)ようやくお目にかかれました」[2]と直接声をかけるなど、乗組員らは歓待を受けた。

STS-134 [編集]

乗員写真(ケリーは下段中央)

2011年5月16日(UTC)〜5月24日(UTC)、ミッション「STS-134」にて、ケリーは船長としてエンデバーに搭乗した。ケリーにとってはシャトルに搭乗した最後のミッションとなった。

引退 [編集]

2011年6月、NASAおよび米海軍を10月1日付けで引退すると発表した。引退後は、銃撃された妻のギフォーズ下院議員に寄り添いたいと述べている他、回顧録を出版する予定だとしている。

脚注 [編集]

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外部リンク [編集]