マルサーラ

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マルサーラ
Marsala
マルサーラの風景
行政
イタリアの旗 イタリア
シチリア州旗 シチリア
トラーパニ
CAP(郵便番号) 91025
市外局番 0923
ISTATコード 081011
識別コード E974
分離集落 Addolorata, Amabilina, Ciavolotto, Strasatti, Terrenove, Birgi, Paolini-Matarocco, Ranna, Tabaccaro, Bosco, Bufalata.
隣接コムーネ マツァーラ・デル・ヴァッロペトロジーノサレーミトラーパニ
公式サイト www.comunemarsala.it
人口
人口 80,391 (2005年)
人口密度 320 人/km2
文化
住民の呼称 marsalesiまたはlilybetani
守護聖人 Madonna della Cava
祝祭日 1月19日
地理
座標 北緯37度48分0秒 東経12度26分0秒 / 北緯37.8度 東経12.43333度 / 37.8; 12.43333座標: 北緯37度48分0秒 東経12度26分0秒 / 北緯37.8度 東経12.43333度 / 37.8; 12.43333
標高 海抜 3 m
面積 241 km2
マルサーラの位置
マルサーラの位置
Portal.svg ポータル イタリア
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マルサラまたはマルサーラ (Marsala) は、人口80,391人のイタリア共和国シチリア州トラーパニ県コムーネの一つで、シチリア島の西海岸に位置する。マルサラ港からはパンテッレリーア島に船で約4時間で行ける。この町の名を有名にしているのが、酒精強化ワインマルサラ・ワイン(it:Marsala (vino))である

[編集] 歴史

マルサーラは、かつてカルタゴ人がシチリアに築いた第一の要塞リルバイウム(Lilybaeum)のあった場所を占めている。この要塞はギリシャ都市モティア(en:Motya)が打ち捨てられた後の紀元前396年に、カルタゴ人航海者ヒミルコ(en:Himilco)によって建設された。ピュロスローマ人攻城戦でリリバエウムを零落させることができなかったが、ローマ人は第一次ポエニ戦争の終盤である紀元前241年に和平をもって降伏させた。後に続けて起きた戦争では対カルタゴのローマ軍遠征のための出発地となり、ローマ支配下で繁栄を謳歌したとされている。皇帝アウグストゥスより地方自治権を獲得し、ペルティナクス帝、セプティミウス・セウェルス帝の元で植民都市となった。

シチリアがアラブ人の支配を受けた時代に、現在の名前マルサーラが与えられた。これはアラビア語のマルサ・アラー("Marsa Allah"、アラーの港)またはマルサ・アリー("Marsa Ali"、アリーの港。アリーとは大きな、偉大な、という意味と同意語であり、古代のリリバエウム港は巨大であった)から生じている。古代の港は現在の市の北西にあったが、海賊が港を占拠するのを避けようと神聖ローマ皇帝カール5世が命じて破壊された。

1860年5月11日、ジェノヴァを出発したジュゼッペ・ガリバルディ率いる「千人隊」が上陸した。上陸後まもなくパレルモの解放を成功させると、イタリア本土にわたってブルボン家支配を終わらせた。

[編集] コムーネの行政

  • 代表(Sindaco) : Lorenzo Carini(2007年5月29日選出)
  • コムーネの代表電話 : 0923 993111
  • コムーネの電子メールアドレス : comunemarsala@comunemarsala.it


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