マルガレーテ・クレメンティーネ・フォン・エスターライヒ

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トゥルン・ウント・タクシス侯爵夫人マルガレーテ・クレメンティーネ、1895年

マルガレーテ・クレメンティーネ・マリア・フォン・エスターライヒMargarethe Klementine Maria von Österreich, 1870年7月6日 アルチュートドボズ - 1955年5月2日 レーゲンスブルク)は、オーストリア=ハンガリー帝国の帝室の一員。トゥルン・ウント・タクシス侯アルベルトに嫁いだ。

ハプスブルク=ロートリンゲン家のうちハンガリー副王家出身のヨーゼフ・カール・ルートヴィヒ大公と、その妻でザクセン=コーブルク=ゴータ家の分家コハーリ侯爵家の公女クロティルデの間の次女として生まれた。1890年7月15日にブダペストにおいて、オーストリア皇后エリーザベトの甥にあたるトゥルン・ウント・タクシス侯爵家の当主アルベルトと結婚した。1950年にはトゥルン・ウント・タクシス家の本拠であるレーゲンスブルクの名誉市民となった。1955年、レーゲンスブルクで亡くなった。

子女[編集]

夫アルベルトとの間に8人の子女をもうけた。