エリザベート・ド・リュクサンブール (1901-1950)

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エリザベート大公女

エリザベート・マリー・ヴィレルミーヌ・ド・リュクサンブールElisabeth Marie Wilhelmine de Luxembourg, 1901年3月7日 ルクセンブルク市 - 1950年8月2日 ホーエンブルク城)は、ルクセンブルク大公家の一員。ルクセンブルク大公女(Princesse de Luxembourg)およびナッサウ公女(Princesse de Nassau)の称号を有した。

ルクセンブルク大公ギヨーム4世とその妻でポルトガルの廃王ミゲル1世の娘であるマリア・アンナの間に生まれた[1][2]。6人姉妹のうちの五女で、長姉マリー=アデライードと次姉シャルロットは、ルクセンブルク大公位を継承した。1922年11月14日にホーエンブルクドイツバイエルン州オーバープファルツ行政管区アンベルク=ズルツバッハ郡)において、トゥルン・ウント・タクシスアルベルトの四男ルートヴィヒ・フィリップと結婚し、間に1男1女の2人の子女をもうけた。

夫とは結婚後10年で死別し、第2次世界大戦中の1944年には東部戦線で従軍していた息子を亡くしている。1950年に死去し、遺骸はレーゲンスブルクのタクシス侯爵家の墓所があるザンクト・エメラム修道院に葬られた。

子女[編集]

  • アンゼルム・アルベルト・ルートヴィヒ・マリア・ラモラル(1924年 - 1944年)
  • イニガ・アンナ・マルガレーテ・ヴィルヘルミーネ・ルイーザ(1925年 - 2008年) - 1948年、ウラッハ侯エーバーハルトと結婚

脚注[編集]

  1. ^ Darryl Lundy (2005年6月23日). “Elisabeth Marie Wilhelmine von Nassau-Weilburg, Princesse de Luxembourg”. thePeerage.com. 2009年7月15日閲覧。
  2. ^ Paul Theroff. “LUXEMBURG”. Paul Theroff's Royal Genealogy Site. 2009年7月15日閲覧。