マドレーヌ・ド・ラ・トゥール・ドーヴェルニュ

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ウルビーノ公爵夫人マドレーヌ

マドレーヌ・ド・ラ・トゥール・ドーヴェルニュ(Madeleine de la Tour d'Auvergne, 1500年? - 1519年4月28日)は、ウルビーノロレンツォ2世・デ・メディチの妻。フランス王妃カトリーヌ・ド・メディシスの母。

オーヴェルニュ伯及びロラゲ伯ジャン3世と、ブルボン家傍系のジャンヌ・ド・ブルボン=ヴァンドームの娘として生まれた。1518年にロレンツォと結婚するが、翌年、長女カテリーナ(カトリーヌ・ド・メディシス)を出産直後に黒死病に感染して死亡した。1524年、姉アンヌが子供のないまま没すると、オーヴェルニュ伯領とブローニュ伯領は、ラ・トゥール男爵領と同様にマドレーヌの一人娘カテリーナに引き継がれた。