ポルトガル・ブラジル及びアルガルヴェ連合王国

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ポルトガル・ブラジル及びアルガルヴェ連合王国
Reino Unido de Portugal, Brasil e Algarves
ポルトガル王国
ブラジル公国
アルガルヴェ王国
1815年 - 1825年 ポルトガル王国
ブラジル帝国
アルガルヴェ王国
ポルトガル・ブラジル連合王国の国旗 ポルトガル・ブラジル連合王国の国章
(国旗) (国章)
ポルトガル・ブラジル連合王国の位置
ポルトガル・ブラジル及びアルガルヴェ連合王国とその植民地
公用語 ポルトガル語
首都 リオ・デ・ジャネイロ
国王
1815年 - 1816年 マリア1世
1816年 - 1825年 ジョアン6世
変遷
成立 1815年
解消 1825年
通貨 レアル

ポルトガル・ブラジル及びアルガルヴェ連合王国は、かつてポルトガルブラジルにまたがって存在した同君連合王国ポルトガル・ブラジル連合王国とも呼ばれる。

1808年ナポレオン戦争によってポルトガル本国からの亡命を強いられた摂政ジョアン王子(後のジョアン6世)は、女王マリア1世とともに植民地ブラジルのリオ・デ・ジャネイロへ宮廷を遷した。そしてブラジル公国(Principado do Brasil:実質的には植民地)を本国と同格の王国とし、1815年12月16日には正式に国名を「ポルトガル・ブラジル及びアルガルヴェ連合王国」と改称した(アルガルヴェ12世紀中盤より王国の地位にあり、14世紀終盤のジョアン1世よりポルトガル王はアルガルヴェ王も称した)。

ナポレオン戦争による本国の混乱によってスペインの植民地が次々と独立したのと同様に、1825年にはジョアン6世の王子ペドロを皇帝としてブラジル帝国が独立し、同君連合は解消された。

関連項目[編集]