ヘルマン・フォン・フェーリング
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| ヘルマン・フォン・フェーリング | |
|---|---|
| 人物情報 | |
| 誕生 | 1812年6月9日 |
| 死没 | 1885年7月1日(満73歳没) |
| 国籍 | ドイツ |
| 学問 | |
| 研究分野 | 化学 |
| 母校 | ハイデルベルク大学 |
| 主な業績 | フェーリング液の研究 |
ヘルマン・フォン・フェーリング(Hermann von Fehling、1812年6月9日-1885年7月1日)は、糖の定量試薬であるフェーリング液の開発で有名なドイツの化学者である。
伝記 [編集]
彼はリューベックに生まれ、薬学に興味を持って、1835年頃にハイデルベルク大学に入学した。卒業後、彼はギーセンに行き、パラアルデヒドやメタアルデヒドの組成を解明したユストゥス・フォン・リービッヒに師事した。1839年、彼はリービッヒの勧めを受け、彼はシュトゥットガルトの技術専門学校に就職し、そこで45年以上働くこととなった。彼はシュトゥットガルトで1885年に死去した。
初期の研究には、コハク酸の研究やベンゾニトリルの生成等がある。晩年には、純粋化学よりも工学や公衆衛生学に時間を費やすようになった。
彼が開発した分析手法で最も有名なものは、硫酸銅(II)をアルカリ、酒石酸ナトリウムカリウムと混合したフェーリング液を用いた糖の定量である。
出典 [編集]
- Quantitative Bestimmung des Zuckers im Harn
- H. Fehling (1849). “Die quantitative Bestimmung von Zucker und Starkmehl mittelst Kupfervitriol”. Annalen der Chemie und Pharmacie 72 (1): 106?113. doi:10.1002/jlac.18490720112.
- A. W. Hofmann (1885). “Sitzung vom 13. Juli 1885”. Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft 18 (2): 1811?1820. doi:10.1002/cber.18850180202.
- “Annual General Meeting”. J. Chem. Soc., Trans. 49: 329?356. (1885). doi:10.1039/CT8864900329.
この記事にはアメリカ合衆国内で著作権が消滅した次の百科事典本文を含む: Chisholm, Hugh, ed (1911). “Fehling, Hermann von”. Encyclopædia Britannica (11 ed.). Cambridge University Press.