ブロンド・レッドヘッド
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| ブロンド・レッドヘッド | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | オルタナティブ・ロック インディーロック |
| 活動期間 | 1993年 - |
| レーベル | スメルズ・ライク タッチ&ゴー 4AD |
| 公式サイト | www.blonde-redhead.com |
| メンバー | |
| カズ・マキノ アメデオ・パーチェ シモーネ・パーチェ |
|
| 旧メンバー | |
| マキ・タカハシ トーコ・ヤスダ |
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ブロンド・レッドヘッド (Blonde Redhead) はアメリカ合衆国ニューヨークを拠点に活動するロックバンドで、 日本人女性カズ・マキノとイタリア生まれの双子のパーチェ兄弟(アメデオとシモーネ)からなる3人組である。 バンド名はニューヨークのノー・ウェーブバンド、DNAの同名の曲に由来する。
目次 |
[編集] メンバー
- 現メンバー
- カズ・マキノ (Kazu Makino) - ギター、ボーカル他担当。
- アメデオ・パーチェ (Amedeo Pace) - ギター、ボーカル他担当。
- シモーネ・パーチェ (Simone Pace) - ドラムス他担当。
- 元メンバー
- マキ・タカハシ (Maki Takahashi) - ベース。
- トーコ・ヤスダ (Toko Yasuda) - ベース。現在はイーノン (Enon) で活動。
[編集] 概要
1993年結成。当初は4人組で活動。1995年にソニック・ユースのドラマー、スティーヴ・シェリーのレーベル、スメルズ・ライク・レコード (Smells Like Records) から2枚のアルバムを相次いでリリースする(シェリーはデビューアルバムのプロデュースも担当)。間もなく日本人ベーシストのマキ・タカハシが脱退し、代わって同じ日本人のトーコ・ヤスダが加入するが、彼女もまた程なくしてバンドを去り、以後3人組として活動を続けることとなる。
バンドは、シカゴの名門インディーレーベル、タッチ・アンド・ゴー・レコード (Touch and Go Records) に移籍し、1997年から2000年にかけて同レーベルから3枚のアルバムをリリース。2004年には4ADに移籍し、6thアルバム「ミザリー・イズ・ア・バタフライ」をリリース。4thアルバム「イン・アン・エクスプレッション・オブ・ジ・インエクスプレッシブル」から6thアルバムまではフガジのギー・ピチョットがプロデュースを担当した。バンドはインディーロックシーンにおいて着実にファンを増やしていき、2007年にリリースされた7thアルバム「23」は最初の週に11,000枚を売り上げてThe Billboard 200で初登場63位を記録している。[1] また、同アルバムのタイトルトラックは日本で「クリスタル・ガイザー2008年キャンペーン・ソング」に起用された。[2]
[編集] ディスコグラフィー
- Blonde Redhead (1995年、スメルズ・ライク)
- La Mia Vita Violenta (1995年、スメルズ・ライク)
- フェイク・キャン・ビー・ジャスト・アズ・グッド - Fake Can Be Just as Good (1997年、タッチ&ゴー)
- イン・アン・エクスプレッション・オブ・ジ・インエクスプレッシブル - In an Expression of the Inexpressible (1998年、タッチ&ゴー)
- メロディー・オブ・サーテン・ダメージド・レモンズ - Melody of Certain Damaged Lemons (2000年、タッチ&ゴー)
- ミザリー・イズ・ア・バタフライ - Misery Is a Butterfly (2004年、4AD) 全米180位
- 23 - 23 (2007年、4AD) 全米63位
[編集] 外部リンク
- 公式サイト
- ブロンド・レッドヘッド - MySpace
- ベガーズ・ジャパン内サイト
- Pitchfork - Pitchforkのレビュー

