フランツ・クサーヴァー・モーツァルト
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| フランツ・クサーヴァー・モーツァルト Franz Xaver Mozart |
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| 基本情報 | |
| 出生 | 1791年7月26日 |
| 死没 | 1844年7月29日(満53歳没) |
| ジャンル | 古典派 |
| 職業 | 作曲家、ピアニスト |
フランツ・クサーヴァー・ヴォルフガング・モーツァルト(Franz Xaver Wolfgang Mozart, 1791年7月26日 - 1844年7月29日)は、オーストリアの作曲家、ピアニスト。モーツァルトの生き残った子供のうちの次男[1]。
目次 |
生涯 [編集]
母コンスタンツェの意向もあり、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト2世として活動した。しかし、生まれた4ヶ月後に父親が他界したため、父から直接、卓越した音楽教育などを受けた事実はない。アントニオ・サリエリとヨハン・ネポムク・フンメルに師事(その他、ゲオルク・ヨーゼフ・フォーグラー師やヨハン・ゲオルク・アルブレヒツベルガーにも師事したとされる)。
1820年代に刊行された《ディアベリの主題による50の変奏曲》に、フランツ・リストなどとともに名を連ねている。2曲のピアノ協奏曲の他にピアノ・ソナタやポロネーズ、ロンド、変奏曲などの作品があり、作品は洗練され、繊細であるが、ウェーバーやシューベルトと同世代にもかかわらず、作風はウィーン古典派の域を出ない。1820年頃からは作曲をほとんどやめて演奏活動に専念した。1844年にカールスバートで胃癌のため亡くなり、同地に埋葬された。53歳没。
生涯独身で、兄カールと同じく子供をもうけなかったため、大作曲家の血筋は途絶えた。
本名フランツ・クサーヴァーは、「モーツァルトの弟子」とされるジュースマイヤーの名を貰い受けている。ここからヴォルフガング2世は、本当はジュースマイヤーとコンスタンツェの不義の子だったのではないかと、後に憶測されることとなった。
1820年に出版した「メユールの歌劇『ジョゼフ』のロマンスによる5つの変奏曲」作品23は、1994年までリストの少年時代の作だと誤認されていた。
主な作品 [編集]
- ピアノ四重奏曲 ト短調 作品1
- ヴァイオリン・ソナタ ロ長調 作品7
- ピアノ協奏曲 ハ長調 作品14
- ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調 作品15
- チェロ・ソナタ ホ長調 作品19
- ピアノ協奏曲 変ホ長調 作品25
脚注 [編集]
- ^ 実際には四男。
外部リンク [編集]
- IMSLP - 国際楽譜ライブラリープロジェクト内のフランツ・クサーヴァー・モーツァルトのページ。無料で楽譜PDFが入手可能。
- フランツ・クサーヴァー・モーツァルト - Find a Grave(英語)