フォロ・ジュリアーノ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
フォロ・ジュリアーノ。列柱回廊の先に、ウェヌス神殿の3本の柱が見える。

フォロ・ジュリアーノ: Foro Juliano )またはフォロ・ディ・チェーザレ(Foro di Cesare)は、ローマにある古代ローマ遺跡。フォロ・ジュリアーノは、ラテン語の古名フォルム・ユリウムForum Julium)のイタリア語読みである。フォロ・ロマーノ(フォルム・ロマヌム)に隣接し、遺跡のほぼ全体を見ることができる。

紀元前1世紀に、ガイウス・ユリウス・カエサルによるフォロ・ロマーノの北西部再建計画の一環として建設されたもので、いわゆる皇帝たちのフォルムと呼ばれるものの先駆であった。フォロ・ロマーノと同じく、西ローマ帝国滅亡後は土砂に埋もれ、その存在は忘れ去られていた。

目次

[編集] 概要

フォロ・ジュリアーノは、南北約160m、東西約75mに渡って存在する古代ローマのフォルム、「フォルム・ユリウム」(ユリウスのフォルム)の遺跡である。ガイウス・ユリウス・カエサルによって建設されたため、この名がある。カエサルのフォルムとも呼ばれ、日本ではこちらの呼称のほうがよく使われる。人口増加によるフォロ・ロマーノの機能不全を回避するため、カエサルが建設資金を捻出して建設した。

遺跡はフォロ・ロマーノの北東部に位置しており、現在、遺跡の西側列柱廊はフォーリ・インペリアーリ通りの下に隠れている。古代には、フォルム・ロマヌムのクリア・ユリア裏手に入り口があり、同じ面にフォルム・ネルウァエ(フォルム・トランシトリウム)、東側列柱廊の北からフォルム・トライアヌムに行くことができた。東側列柱廊はフォルム・アウグストゥムに接するが、ここに入り口があったかどうかは明らかではない。西側はカピトリヌスの丘に接する。

左右対称の長方形平面で、三方を柱廊で囲み、最奥の一辺にユリウス氏族の祖神であるウェヌスを奉ったウェヌス・ゲネトリクス神殿が建立されている。

[編集] 歴史

フォロ・ジュリアーノは、ユリウス・カエサルによって建設されたフォルムである。彼はフォルム建設のため、土地の買収を紀元前54年から開始したが、建設を含めたその資金は6000万セステルティウス[1]にのぼったとされている。土地の買収だけでも相当の費用が嵩んだため、ネルウァ帝のフォルムを除く他の皇帝のフォルムに比べると敷地は小さく、ウェヌス・ゲネリクス神殿を除けば、バシリカなどの公共施設は併設されていない。紀元前46年9月26日、ウェヌス神殿が完成。このとき、フォルム全体は未完成で、紀元前44年3月15日のカエサル暗殺とその後の混乱によって工事は中断したが、後継者でローマ帝国初代皇帝となったアウグストゥスによって引き継がれ完成した。

ウェヌス神殿は、80年ローマ大火によって破壊してしまったため、トラヤヌス帝によって113年5月12日に再建された。しかし、283年に、やはり火災により再度焼失した。現在の遺跡は、その後ディオクレティアヌス帝によって再建されたものである。

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ セステルティウス=真鍮貨。ちなみに、当時の中間層(平民)の全財産は30〜40万セステルティウス程度。

[編集] 関連項目

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語