ピウラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ピウラ
Piura
ペルーの旗
Piura Plaza de Armas.jpg
Flag of Piura.png Escudo Piura.JPG
市旗 市章
位置
の位置図
座標 : 南緯5度12分 西経80度38分 / 南緯5.200度 西経80.633度 / -5.200; -80.633
行政
ペルーの旗 ペルー
 県 ピウラ県
 市 ピウラ
人口
人口 (2005年月日現在)
  市域 368,709人
その他
等時帯 グリニッジ標準時UTC-5

ピウラ(Piura)は、ペルー北西部、ピウラ県の県都。ピウラ川中流域に位置する。人口は30万8155人。

歴史[編集]

ペルー北部の他の土地と同様に、ピウラ周辺には、"Tallanes"、"Yungas"と呼ばれる土着の部族が住んでいた。最終的に"Muchik"文化によって支配されるまで、組織を持たず、指導者もいなかった。これらの地域と"Muchik"文化が交わり、"Vicús"文化へと発展した。数世紀後に、ピウラは、少なくともスペイン人が到着する前の40年間は、トゥパック・インカ・ユパンキの支配下におかれていた。

1532年パナマから上陸したスペイン人の征服者フランシスコ・ピサロによって建設され、ペルーで最も早く建設されたヨーロッパ型の都市となった。そして現在のピウラのメスチソクリオーリョの文化が生まれた。メスチソの文化は、スペインのエストレマドゥーラアンダルシアの影響を受けていた。マダガスカルからの奴隷が連れてこられたことによるアフリカの影響や、広東から稲作をしたり、奴隷が行っていた労働を引き継ぐために移住してきた中国人労働者や、真珠を探したり、スペイン人馬術家と偽ってラマやジプシーも流れ込んできた。

スペイン人は、街をケチュア語で「豊か」を意味する「ピウラ」と名づけた。現在、ピウラは、1年中暑いことにちなんで、「Ciudad del eterno calor (永遠に暑い街)」という俗称で知られている。

交通[編集]

著名な出身者[編集]

気候[編集]

ピウラの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 32
(90)
33
(91)
33
(91)
32
(89)
29
(85)
28
(82)
27
(80)
27
(80)
28
(82)
28
(83)
29
(85)
31
(88)
29.8
(85.5)
平均最低気温 °C (°F) 22
(72)
23
(74)
23
(73)
22
(71)
20
(68)
18
(65)
18
(64)
17
(63)
17
(63)
18
(64)
18
(65)
20
(68)
19.7
(67.5)
降水量 mm (inch) 5
(0.2)
20
(0.8)
30
(1)
8
(0.3)
0
(0)
3
(0.1)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
3
(0.1)
69
(2.5)
出典: Weatherbase [1]

脚注[編集]

  1. ^ Weatherbase: Historical Weather for Piura, Peru”. Weatherbase (2011年). 2011年11月24日閲覧。