ビル・エイデン

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ビル・エイデンBill Eyden1930年5月4日 - 2004年10月15日)は、イギリスの高名なジャズドラマー。「ビル・アイデン」ともいう。本名はウィリアム・ジェームズ・エイデン(William James Eyden)。イギリスのミドルセックス州出身。

略歴[編集]

ビル・エイデンは、1930年ミドルセックス州ハウンズローに生まれた。彼のミュージシャンとしての初仕事は、1952年の「アイヴァー・アンド・ベイジル・カーチン・バンド」(Ivor and Basil Kirchin band)との共演である。間もなく彼は、レイ・カークウッド(Ray Kirkwood)やジョニー・ロジャース(Johnny Rogers)と仕事をし、1953年にはピアニストスティーヴ・レイスとテレビで共演した。

1955年、ビル・エイデンはタビー・ヘイズと出会い、以後の20年間、定期的に演奏を共にするようになった。タビー・ヘイズとロニー・スコットジャズ・クーリアーズを結成した時に最も望まれたドラマーは、ビル・エイデンだった。1959年、ジャズ・クーリアーズが解散すると、「ザ・ヴィック・アッシュハリー・クライン・クインテット」(The Vic Ash-Harry Klein Quintet)と組んで、マイルス・デイヴィスの最初のイギリス・ツアー(1960年)をサポートした。

1960年代中盤、「ディック・モリシー・カルテット」(Dick Morrissey Quartet)にフィル・シーマンの代わりに加入し、同様にロックR&Bグループのセッションの仕事をした。また、彼は、のちにプロコル・ハルムのヒット曲となる「青い影」のドラムパートのレコーディングにも選ばれている。ロニー・スコッツ・クラブの住み込みのバンドで、スタン・トレイシーが率いているトリオのメンバーにもなっており、1960年代末頃まで、毎夜、アメリカのスターたちのために伴奏した。

ビル・エイデンは、多くのミュージシャンと演奏やレコーディングを共にしており、ロニー・スコットディジー・リースジミー・デューカーヴィック・アッシュハリー・クラインタビー・ヘイズ、ディッキー・ホードン(Dickie Hawdon)、ハリー・サウスディック・モリシーイアン・ハマーキース・クリスティ、テリー・ブラウン(Terry Brown)、ボビー・ウェリンズジミー・スキッドモア、ジョー・ムデル(Joe Muddel)、ジョニー・ロジャース(Johnny Rogers)、ロイ・フォックスハリー・ロイロング・ジョン・ボールドリーアレクシス・コーナージョージィ・フェイムなどの名をあげることができる。

また、彼がザ・グーン・ショーの仕事を引き受けていたときには、「レイ・エリントン・カルテット」に所属しており、同窓会番組「ザ・ラスト・グーン・ショー・オヴ・オール」(The Last Goon Show of All)のビデオでその姿を確認できる。

ビル・エイデンは、1980年代、ビル・ル・サージュのビバップ・プリザベーション・ソサエティ(Bebop Preservation Society)に所属していた。ジャック・ハニーボーン(Jack Honeyborne)とケン・バルドック(Ken Baldock)が率いるクインテットでもプレイし、病気になるまで演奏を続けた。しかし、この病気は長引くこととなった。2004年ミドルセックス州アイズルワースで死去した。

ディスコグラフィー[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]