パピエルマルク

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パピエルマルク
Mark(ドイツ語)
1922年1月19日発行の1万マルク紙幣 1923年11月1日発行の5兆マルク紙幣
1922年1月19日発行の1万マルク紙幣 1923年11月1日発行の5兆マルク紙幣
使用国・地域 ドイツ帝国の旗 ドイツ帝国
ドイツ国の旗 ワイマール共和国
補助単位
1/100 ペニヒ
通貨記号
ペニヒ
複数形 Mark
ペニヒ pfennig
硬貨 1, 2, 5, 10, 50ペニヒ
1, 3, 200, 500マルク
紙幣 1, 2, 5, 10, 20, 50, 100, 500
1 000, 5 000
10 000
20 000
50 000
100 000
200 000
500 000
1 000 000
2 000 000
5 000 000
10 000 000
20 000 000
50 000 000
100 000 000
500 000 000
1 000 000 000
5 000 000 000
10 000 000 000
20 000 000 000
50 000 000 000
100 000 000 000
200 000 000 000
500 000 000 000
1 000 000 000 000
2 000 000 000 000
5 000 000 000 000
10 000 000 000 000
20 000 000 000 000
50 000 000 000 000
100 000 000 000 000マルク
中央銀行 ドイツ帝国銀行
このinfoboxは、通貨が変更される直前の値を示しています。


パピエルマルクまたはパピアーマルク(Papiermark。「紙マルク」の意)は、ドイツの紙幣。

1914年第一次世界大戦勃発を受けてマルク金兌換が停止された時点以降のドイツの通貨である。特に、ドイツが借金を支払うために紙幣を大増刷したことにより、1922年および1923年に発生したハイパーインフレーションの間に発行された銀行券に対して使われる。

歴史[編集]

レンテンマルクとの交換に伴い処分されるパピエルマルク紙幣

1914年以降、マルクの価値は低下していった。インフレ率は第一次世界大戦の終戦後から上昇し、1922年から1923年のハイパーインフレの間、その価値が急激に暴落した。超高額紙幣がライヒスバンクおよび他の機関によって発行された。硬貨はこの期間鋳造されず、紙幣のみが発行されたため、これらの紙幣はパピエルマルクと呼ばれた。インフレ率は1923年10月に最高となり、1923年11月にレンテンマルクの創設が報じられると通貨は安定した。実際にレンテンマルクが発行されるようになるのは1924年であるが、発行が始まると、パピエルマルクとは1兆パピエルマルク=1レンテンマルクの率で交換された。1924年8月には、レンテンマルクに加えてライヒスマルクが登場している。

パピエルマルクには政府から発行されたものに加え、地方政府などからも代用通貨および紙幣の形で緊急発行されたものがある。それらはクリークスゲルト(Kriegsgeld、「戦争通貨」)およびノートゲルト(Notgeld、「緊急通貨」)として知られる。

先代:
金マルク
ドイツの通貨
1914 – 1923
次代:
レンテンマルク
理由:ハイパーインフレ
比率:1レンテンマルク=1,000,000,000パピエルマルク
4.2レンテンマルク=US$1