ハロー!ナショナルショウルーム

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ハロー!ナショナルショウルーム
ジャンル トーク番組音楽番組
放送方式 公開録音
放送期間 1975年11月7日[1] - 1994年頃
放送時間 毎週金曜日23:40-翌0:25
1983年4月 - 終了まで??
毎週土曜日23:45 - 翌0:30
放送局 MBSラジオ
パーソナリティ 以下参照
提供 松下電器産業(現:パナソニック
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『ハロー!ナショナルショウルーム』[注釈 1](Hello! National Showroom)は、MBSラジオで放送されていたラジオ番組

概要[編集]

タイトルに“ナショナル”の冠がある通り松下電器産業(現・パナソニック)の一社提供番組。大阪・北区梅田にある阪神百貨店の6階に当時存在したナショナルショウルームで毎週火曜日の夕方に公開録音をしていた。

歴代ラジオパーソナリティ[編集]

  • 1975年11月7日 - 198?年?月 角淳一佐藤良子[3](いずれも当時は毎日放送のアナウンサー)
  • 198?年?月 - 1984年4月28日 角淳一(当時は毎日放送のアナウンサー)、たかざわきょうこ
  • 1984年5月5日 - 1984年9月 高石ともやザ・ナターシャー・セブン、たかざわきょうこ
  • 1984年10月 - 1984年12月 高石ともや、ザ・ナターシャー・セブン、泰葉
  • 1985年1月 - 1985年3月 高石ともや、泰葉
  • 1985年4月 - 1987年4月11日 やしきたかじん、泰葉
    • このコンビは当番組を担当する以前にも、MBSラジオの『ウィークエンド・イングス』で共演していた。
    • ECHOESをゲストに迎えた際の公開収録で、たかじんが「ECHOESのリーダー」と思い込んでいたヴォーカルの辻仁成(実際のリーダーはドラムスの今川勉)に質問を何度投げ掛けても、辻が素っ気ない態度で応じ続けたことにたかじんと泰葉が激怒。たかじんが自分の一存で収録を中止させた後に、ステージ上の譜面台を辻に向かって投げ付けたり、観覧客の目の前で辻を一喝したりした。本業がシンガーソングライターであったたかじんは後年、このエピソードを折に触れて出演番組やコンサートなどで披露。一方の辻は、ソロのミュージシャンや作家として名を成した後に、出演当時の非礼とたかじんからの檄に対する謝意を込めたメッセージをたかじんの冠番組へ送っていた(当該項で詳述)。
  • 1987年4月18日 - 1989年4月9日 円広志、高倉尚子
    • 1987年10月17日放送分から『円広志の遊YOUアクセス』と番組名が変更される[注釈 2]
  • 1989年4月16日 - 1994年?月?日 桂文珍
    • 末期は大学生らを前に各界の著名人が「講義」を行う『文珍のアクセス塾』となった。

テーマ曲[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 社史『毎日放送の40年 資料編』には「ハローナショナルショールーム」、1986年4月の番組表には「ハロー!ナショナルショウルーム」の表記もある[2]。阪神百貨店店内の6階から7階に向かうエスカレーター付近の広告には「ナショナルショウルーム」と記されていた。
  2. ^ 「アクセス」はこの当時に冠されたナショナルショウルームの愛称

出典[編集]

  1. ^ 毎日放送40年史編纂室 編『毎日放送の40年 資料編』毎日放送、1991年9月1日、138頁。 
  2. ^ 『ラジオマニア = RadioMania! : 全国のAM+FM+短波番組を楽しめ! 2016』三才ブックス〈三才ムック ; Vol.894〉、2016年9月1日、164頁。 「ラジオ番組表アーカイブ」
  3. ^ ラジオライフ』第2巻第3号、三才ブックス、1981年5月1日、96頁。 
  4. ^ ラジオライフ』第2巻第3号、三才ブックス、1981年5月1日、89頁。