ナグシェ・ロスタム

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座標: 北緯29度59分19秒 東経52度52分19秒 / 北緯29.988611度 東経52.871944度 / 29.988611; 52.871944 ナグシェ・ロスタムペルシャ語: نقش رستم、英語:Naqsh-e Rustam[1])とは、イランペルセポリスの北にある巨岩の遺跡。岩壁にはアケメネス朝時代の墓標やサーサーン朝時代のレリーフなどが刻まれている。付近にはナグシェ・ラジャブ英語版もある。

ナグシェ・ロスタム (パノラマビュー)

概要[編集]

レリーフの1つにはシャープール1世の事績が示されており、アジアヨーロッパの関係史の理解に貢献している。ローマ側史料でマッシナの戦い英語版に触れたものは無く、ゴルディアヌスはユーフラテス川上流で死んだと伝えられていた。

余が王位についた頃、皇帝ゴルディアヌスゲルマン人ゴート人の兵士をローマ帝国全土から徴収するとアッシリア、さらにはイランそしてわれわれの方に向かって進軍した。バビロニア国境のミシケにおいて激しい戦いが交わされ、ゴルディアヌスは殺され、その軍隊は壊滅した。ローマ人フィリップスを皇帝に選んだ。フィリップスはわれわれに和を請い、ローマ兵の命の保証として50万ディナールを支払い、さらに貢ぎ物を差し出した。その後、ローマ皇帝は約束を破ってアルメニアに侵攻した。われわれは攻撃を開始し、6万の兵からなるローマ軍をバルバリッスで破り、シリアに荒廃をもたらした。・・・・

脚注・出典[編集]

  1. ^ Naqsh-e Rostam, Naqsh-e Rustam 、 نقش رستم (Naqš-e Rostam)

参考文献[編集]

  • The Ancients in Their Own Words - Michael Kerrigan、Natascha Spargo、Joe Conngally、 Michael Spilling, 2010