トム・リッチー

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トム・リッチーTom Ritchey1956年 - )はリッチーの創始者。元ロードレース選手で同時に優れたフレームビルダーであった。ゲイリー・フィッシャージョー・ブリーズとともにマウンテンバイク創始者の一人とされる。

自転車競技ではかなりの強豪でジュニアクラスでありながら大人と対等に渡り合っていた事から「シニア・スレイヤー」の異名で知られていた。すでに10代の頃からフレーム溶接の技術を身につけており、マウンテンバイクのフレームを作る以前はロードバイクシクロクロスなどのフレームを製造していた。マウンテンバイクの製造を始めたのはフィッシャーからの依頼で作り出し、フィッシャーが会社を興すとフレーム製造を受け持つ事になる。

そしてフィッシャーと袂を分かってからは自らのブランドであるリッチー社を設立。高品質なフレーム、コンポーネントを製造する事になる。リッチーのフレームは競技指向の軽量なフレームで知られていた[1]。当初は自らフレーム製作を行っていたが、規模が拡大すると日本東洋フレームにフレーム製作を依頼するようになった。

また彼はアイデアマンでもあり、1990年代[2]には前2段、後9段の「ツーバイナイン・システム」、クロムモリブデン鋼フレームに内蔵式リアサスペンションを組み込みクロモリの弾力性を活かした「ソフトテイル」など独創的な発案をしている。また最近では飛行機輪行の可能性に着目し、軽量でありながら分割可能なデモンターブルブレイクアウェイ」を考案している。

また社会活動としてルワンダの復興のための支援活動「プロジェクト・ルワンダ」を主催している。

脚注[編集]

  1. ^ この時期(1990年代前半)のマウンテンバイクのフレームはクロモリが主流であり、その中で「P-23」などの軽量フレームを製作していた。
  2. ^ この当時、変速機 (自転車)は前3段、後7、8段が主流であった。