チュニインター1153便不時着水事故

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チュニインター1153便
TuninterATR72Englishside.png
概要
日付 2005年8月6日
原因 燃料計の取替えミスによる燃料欠乏、及びパイロットの判断ミスによる不時着水
場所 イタリアの旗 イタリアシチリア島地中海沖合い
死者 16
負傷者 23
航空機
機体 ATR72-202
運用者 Flag of Tunisia.svg チュニインター
機体記号 TS-LBB
乗客数 35
乗員数 4
生存者 23
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チュニインター1153便不時着水事故(-びんふじちゃくすいじこ)とは、2005年8月6日に燃料切れにより地中海海上に不時着水した航空事故のことである。

概要[編集]

2005年8月6日、チュニインター1153便(機材:ATR 72 機体番号:TS-LBB)がチュニジアジェルバ島ジェルバ・ザルジス国際空港に向け乗員乗客39名を乗せイタリアバーリ国際空港を離陸した。離陸から数分後、第2エンジンが停止し続けて第1エンジンも停止した。エンジンの再始動に失敗し、最も近いシチリア島パレルモ国際空港まで80kmの距離があり、機体の降下率から到達できないことが判明したため海上への不時着を行うことになった。 機長は、管制官に救助隊の出動を要請、また、発見を容易にする為に付近の漁船の近くに着水することにして出来るだけ生存率を上げる工夫をした上で約250km/hの速度で着水させた。衝撃により機体は大きく前部、主翼部、後部に分解した。すぐに救助隊などにより23名が救助されたが、16名が死亡した。

事故原因[編集]

事故調査は、イタリアの航空事故調査委員会、ANSVにより行われた。当初は、事故機がバーリで給油を行っていたことから、燃料汚染や燃料供給系の異常が疑われたが問題は見つからず、重要なブラックボックスは海底に沈んでおり、原因解明は困難を極めるかと思われた。しかし、本来は燃料満載で沈むはずの機体主翼部[1]が海上に浮いておりこれに生存者が掴まっていたことや残骸調査から、実際は燃料タンクにほとんど燃料は入っていなかったことが判明した。事故機は事故前日に操縦室の燃料計の故障のため整備が行われたがその際、誤ってATR-72用では無く姉妹機であるATR-42用の物が装着されていた。[2]。この整備ミスにより、給油時、実際はタンクに燃料が540kgしかないのにもかかわらず燃料計では2,700kgと表示されていた。その為、修理完了の確認の為に燃料を入れたと機長が勘違いをした結果、燃料が殆ど無いまま1153便が離陸する事になった[3]

こうして、巡航中に燃料が無くなりエンジンが停止した。燃料計の整備ミスのため燃料切れに気づくことができなかった操縦士らが、エンジンの再始動に拘り過ぎた結果、滑空に必要な手順を怠り滑空可能な距離が短くなった。なお、事故機を製造したATR社シミュレーターで検証した結果から『燃料切れに気付き滑空飛行の手順[4]を行えば、リスクの高い海上への不時着は避けられた』とした。

この事故により、操縦士や整備士らは起訴され、2009年には、機長は緊急時の対応に問題があったとして、イタリアの法廷で禁固10年の有罪判決を受けた[5]

この事故を扱った作品 [編集]

メーデー!6/航空機事故の真実と真相の第6話「チュニインター1153便」でこの事故が使われた。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 現代の航空機のほとんどは主翼部が燃料タンクになっている。
  2. ^ ATR-72用の燃料計の型番は”TK-2500”であったがATR42用の物は”TK-2250”と似ており、また、計器パネルの互換性から同形状だったために整備士はミスに気づいていなかった。
  3. ^ なお、燃料補給の際には燃料補給を行った事を証明する伝票を発行するのが原則で、これが無い今回の場合は飛行出来ないのが正規の手順であった。
  4. ^ エンジンが停止した場合、プロペラをフェザリングさせる事によって空気抵抗を減らし滑空距離を伸ばす事が出来る。
  5. ^ 旅客機墜落パニックで祈るだけの機長有罪 - 国際ニュース : nikkansports.com 2009年3月25日[リンク切れ]

外部リンク[編集]