チャールズ・ヒューバート・パリー

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サー・チャールズ・ヒューバート・ヘイスティングス・パリー(Sir Charles Hubert Hastings Parry, 1848年2月27日 - 1918年10月7日)はイギリス作曲家ウィリアム・ブレイクの詩に曲をつけた、イングランドで国民的に愛唱される合唱曲《イェルサレム》によって有名。ミドルネームの「ヘイスティングス」にあたる部分は英国でも「H.」と略記することが普通。

ハンプシャー州ボーンマスに生まれ、グロスターシャーに育つ。イートン・カレッジとエグゼスター・カレッジで教育を受ける。シュトゥットガルトで英国人作曲家のヘンリー・ヒューゴー・ピーアソンに、ロンドンで作曲家ウィリアム・スタンデール・ベネットとピアニストで音楽史家のエドワード・ダンロイターに師事。最初の主要な作品は1880年に作曲された《ピアノ協奏曲》と、シェリーの詩による合唱曲《縛められたプロメテウス》であった。後者の初演によってイギリス音楽の「ルネサンス」が始まったと言われるが、しかし、オード《 Blest Pair of Sirens 》(1887年)のほうが成功した作品であり、これによってイングランドの指導的な合唱曲の作曲家という定評を得た。一連の合唱曲の中で最も成功した作品は、《聖セシリアの日のオードOde on Saint Cecilia's Day 》(1889年)やオラトリオ《ユーディット》《ヨブ》(それぞれ1888年1892年)、詩篇唱《深き淵よりDe Profundis 》(1891年)、カンタータ《ハーメルンの笛吹きThe Pied Piper of Hamelin 》(1905年)である。この時期の管弦楽曲は4つの交響曲のほか、《書かれざる悲劇への序曲Overture to an Unwritten Tragedy 》(1893年)、《ブラームスへの哀歌Elegy for Brahms 》《交響的変奏曲Symphonic Variations 》(1897年)がある。

1884年王立音楽大学の教員となり、1894年には学長に任命され、没するまでその地位にあった。1900年ジョン・ステイナーを継いでオックスフォード大学音楽科の教授に就任した。後期の作品では6つの「倫理的なカンタータ」の連作があり、その中で伝統的なオラトリオやカンタータの形態を乗り越えようと望んだが、おおむね聴衆からは好評を得ることができなかった。しかし、エルガーは《生命の幻影The Vision of Life 》(1907年)に称賛を惜しまず、《魂のあがないThe Soul's Ransom 》(1906年)は近年になって数回演奏されている。1908年に医師の助言でオックスフォード大学を辞任し、いくつかの最も優れた作品を書き上げた。当時の主な作品は、《交響的幻想曲Symphonic Fantasia (交響曲 第5番)》《降誕祭のオードOde on the Nativity 》(ともに1912年)、《イェルサレム》(1916年、管弦楽伴奏はエルガーの編曲による)、《告別の歌》(1916年1918年)が挙げられる。1914年交響詩《死から生へFrom Death to Life 》(1914年)は持続力に欠け、やや散漫である。

パリーは、ワーグナー夫妻と個人的に親しく、ロンドンにおけるワーグナーの代弁者とみなされていたが、作曲家としては主にバッハブラームスに傾倒した。力強く全音階を突き進む旋律様式は、エルガーヴォーン・ウィリアムズに影響を及ぼしている。作曲家としての完全な成長は、あまりの激務に取り組んだために、確かに妨げられはしたが、教師や学校管理者としての能力は言うまでもなく、そのエネルギーとカリスマ性によって、イギリスの文化的生活の中心に音楽を打ち立てる上で大きな力となった。詩人のロバート・ブリッジズと共同制作に取り組んだほか、音楽に関する数々の著作や論文を著した。『音楽芸術の進化The Evolution of the Art of Music 』(1896年)や、『オックスフォード版 音楽史』(1907年)、バッハ研究などがある。

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