ジャンニ・デ・ビアージ

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ジャンニ・デ・ビアージ Football pictogram.svg
名前
カタカナ ジャンニ・デ・ビアージ
ラテン文字 Gianni De Biasi
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 1956年6月16日(58歳)
出身地 サルメデ
選手情報
ポジション MF
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ジャンニ・デ・ビアージ(Gianni De Biasi1956年6月16日-)はイタリアの元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー

経歴[編集]

現役時代はインテル所属だったが出場機会に恵まれず、トレヴィーゾブレシアパレルモなどでプレーした。

引退後はサッカー指導者への道を進み、セリエDから着実にキャリアを積んでいる。 モデナFCを指揮した際には、チームをセリエB昇格、次いで不可能と言われたセリエA昇格・残留に導いた。

次いで、ブレシア時代には、現役時代最後のロベルト・バッジョを指導した。

トリノFCを2005-06シーズンから率いてセリエB3位となり、プレーオフに勝利して昇格に導いた。

しかし2006-07シーズン開幕直前、チーム作りに関して現実的な目標を立てるデ・ビアージは、上位進出を狙うウルバーノ・カイロ会長と対立して解任された。カイロ会長は後任にアルベルト・ザッケローニを招聘したが、チームは低迷し、デ・ビアージはトリノ監督に復帰しチームをセリエA残留に導いた。それにも関わらず、カイロはワルテル・ノヴェッリーノを新たな監督に招く。

2007-08シーズン途中からスペインのレバンテを指揮し、チーム経営破綻・給料未払い問題に直面しつつもチームをまとめ、注目された。レバンテからの給与支払いが滞っていたため、自費でスペインに滞在しており、同じく給与未払いに苦しむレバンテの選手間にも厭戦ムードが漂っていた。そのような最悪のチーム状態にあっても選手に闘う気持ちを植え付け、善戦した。最終的にレバンテ側が契約を解除し、ノヴェッリーノ解任後のトリノ監督に復帰(2008年4月)。ここでも低迷するチームを残留させ、期待に応えたが、翌シーズン半ばに成績不振により解任された(2008年12月)。

2009年12月、シーズン途中でウディネーゼ監督に就任するが、わずか2ヶ月ほどで解任。

2011年12月に2年契約でアルバニア代表監督に就任した[1]

選手歴[編集]

→1976年-1977年 イタリアの旗 ACレッジャーナ (loan)
→1977年-1978年 イタリアの旗 ペスカーラ・カルチョ

指導者歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ アルバニア代表新監督にデ・ビアージ氏”. UEFA.com (2011年12月14日). 2011年12月26日閲覧。