シャルルロワ
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(シャールロアから転送)
シャルルロワ市 | |||||
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位置 | |||||
エノー州におけるシャルルロワ市の位置 | |||||
位置 | |||||
座標 : 北緯50度24分 東経4度26分 / 北緯50.400度 東経4.433度 | |||||
行政 | |||||
国 | ベルギー | ||||
地域 | ワロン地域 | ||||
州 | エノー州 | ||||
市 | シャルルロワ市 | ||||
市長 | ポール・マニェット | ||||
地理 | |||||
面積 | |||||
市域 | 102.08 km2 | ||||
人口 | |||||
人口 | (2008年1月1日現在) | ||||
市域 | 201,593人 | ||||
都市圏 | 522,522人 | ||||
公式ウェブサイト : www.charleroi.be |
シャルルロワ(フランス語: Charleroi [ʃaʁləʁwa]、ワロン語: Tchålerwè [tʃɑːlɛʀwɛ])は、ベルギー南部ワロン地域エノー州の都市。2008年1月1日現在で人口は201,593人であり、ワロン地域最大、ベルギー第4の都市である。都市圏人口は約50万人。工業地帯として鉄鋼、ガラス、化学、電機を中心に発展している。
日本語表記では他にシャルレロワ、シャルルロア、シャールロア、シャルロア、シャルロワ、シャルルワなどが用いられることもある。
歴史
[編集]シャルルロワの名前は、南ネーデルラントの君主でもあったスペイン王カルロス2世にちなむ(Charles roi:フランス語でシャルル(カルロスのフランス語形)+王)。
フランス革命の恐怖政治の時代には、非キリスト教化運動の影響でシャルルロワはシャールリーブル(Char libre : 自由の戦車)に改称させられた[1]。
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交通
[編集]- 市街地より約7km北にシャルルロワ空港が存在する。同空港は格安航空会社のライアンエアーの主要な拠点となっている。
- ベルギー国鉄の運行する列車が周辺の都市との間を連絡している。シャルルロワ南駅からブリュッセル南駅までインターシティ(IC)で約1時間。また、市内ではワロン地域交通公社の運営するライトレールが運行されている。
スポーツ
[編集]- シャルルロワSC - サッカークラブ
姉妹都市
[編集]- 姫路市、日本
- ピッツバーグ(Pittsburgh)、アメリカ合衆国
- シャーレロイ(Charleroi)、アメリカ合衆国
- イルソン(Hirson)、フランス
- サンジュニアン(Saint-Junien)、フランス
- シュランベルク(Schramberg)、ドイツ
- ヴァルトキルヒ(Waldkirch)、ドイツ
- マノッペッロ(Manoppello)、イタリア
- カザラーノ(Casarano)、イタリア
- フォッローニカ(Follonica)、イタリア
- ドネツィク(Donetsk)、ウクライナ
出身者
[編集]- シャンタル・ムフ - 政治学者
- ジョルジュ・ルメートル - カトリック司祭、宇宙学者
- アンドレ・スーリー - 作曲家
- エロワ・ムランベール - 自転車競技選手
- アンリ・ジョルジュ - 自転車競技選手
- マリー=イザベル・ロンバ - 柔道家
- シルヴィオ・プロト - サッカー選手
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]参考文献
[編集]- 谷川稔、渡辺和行編著 編『近代フランスの歴史-国民国家形成の彼方に-』ミネルヴァ書房、2006年2月。ISBN 4-623-04495-5。
- 谷川稔「第二章フランス革命とナポレオン帝政 3.文化と習俗の革命」『近代フランスの歴史-国民国家形成の彼方に-』2006年。ISBN 4-623-04495-5。