グロリア・スタイネム

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1972年1月12日女性行動連盟、NEWS会議に出席したスタイネム

グロリア・スタイネムGloria Steinem1934年3月25日 - )は、アメリカラディカル・フェミニズム運動の活動家で著述家、女性の権利の擁護者。オハイオ州トレドの生まれ。父親は旅の多いセールスマンで、1944年に離婚。彼女はトレドの母親の元に留まった。母親は病気がちで、幼い頃から母親の看病に明け暮れた。

1952年、スミス大学に入学。政治学を学び、在学中から政治活動に積極的に参加し、1956年に大学を卒業。2年間インドに留学。

アメリカに帰国後、ジャーナリストになることを希望したが、編集者は男性のレポーターを希望で、採用には至らなかった。2年後、ようやく「ヘルプ!」誌の副編集長の仕事にありつけたが、その後も他誌の記事をフリーランスで書き続けた。1963年、フルタイムのフリーランス執筆者となる。

一連の著名なインタビュー記事を書いた後(そして、有名な『プレイボーイクラブ潜入記』も)、ジョージ・マクガバン候補の大統領選キャンペーンで政治的な職務を引き受け、これがのちに「ニューヨーク」誌の編集部での仕事につながっていく。

1971年、彼女は、全国女性政治リーダー会議(National Women’s Political Caucus)のメンバーで、女性行動連盟(Women’s Action Alliance)の創立者でもある。1972年には雑誌「ミズ」(Ms)を創刊し、その雑誌が1987年に終刊になるまで、記事をそこに執筆し続けた。1974年、女性労働者同盟をひとつにまとめ、1977年にはテキサス州ヒューストンでの連邦女性会議に参加した。1991年「ミズ」が再刊、再出発を遂げることになったとき、その編集顧問に就任。1993年には連邦女性「名誉の殿堂」入りを果たした。

プレイボーイクラブ潜入記について[編集]

  • ヒュー・ヘフナーが設立した高級クラブ「プレイボーイクラブ」のホステスが、プレイボーイ誌のマスコットキャラクターであるウサギをイメージしたコスプレバニーガールの扮装をしていたが、これが女性社会団体(フェミニスト)から「女性の性を男性の楽しみのための商品化をしている」と抗議が起こった。
  • そこでグロリア自身が、同クラブのバニーガールの募集に応募し、自らがバニーガールになるとともにその活動や他のバニーガールに参加する女性へのインタビュー・舞台裏の潜入取材を敢行し、それを基にしたルポルタージュ"A Bunny's Tale" を1963年に公表した。この作品はアメリカはもとより、全世界で注目され、女性の性商売への警鐘だけでなく、ヘフナーとの論争が起こったほどだ。

主要な著作[編集]

  • 『ほんとうの自分を求めて 自尊心と愛の革命』中央公論新社 1994年 ISBN 4120023125
  • 『マリリン』(ジョージ・バリスとの共著)草思社 1987年 ISBN 4794202954
  • 『プレイボーイ・クラブ潜入記 新・生きかた論』三笠書房 1985年 ISBN 4837954138

出演作品[編集]

外部リンク[編集]