ギレアド

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ギレアドの丘

ギレアド(Gilead)はヨルダン川東の山地の名称である。日本語への音写ではこの他にギリアデギレアデギリアドの例がある。

語源[編集]

  • ラバンヤコブが契約を結んだ証拠(エードゥ)として、立てられた石塚(ガル)である、石塚の証拠(ガルエデ)に由来している。
  • 荒々しい岩山によって成っているので、「固い」ことを表すアラビア語の(Ja'ad)に由来しているという説もある。

聖書[編集]

広義のギレアドは、南のアルノン川以北、北のヤルムク川以南の領域であり、イスラエル人が住んでいたヨルダン川東側全域をさし、マナセ族(の内のヨルダン東の半部族)、ガド族ルベン族に割り当てられた。聖書はこの3部族をギレアド人(ギレアドびと)と総称している。(聖書学者はこの3部族をギレアド部族とよび、聖書の「ギレアド人」は3部族が王国時代を通じて徐々に混淆してできた人々と考えている)

広義のギレアドは、高原・狭義のギレアド・バシャンヤボク川から北の地)の三つの領域に区分され、そのうちの狭義のギレアド(首都はラバ(Rabbah))はダビデアモン人を征服して以来イスラエル領として留まったが、高原とバシャンは、激しい争奪戦を繰り返した。

サウルが王に即位して最初の仕事は、ヤベシュ・ギルアデアモン人ナハシュの手からすく出すことであった。後にダビデは息子アブシャロムによる謀反の際、ギレアドに逃れて、エフライムの森英語版の決戦(The Battle of Ephraim Wood)で勝利し、王宮に帰還することになった。

関連項目[編集]

 参考文献 [編集]