オズボーン社

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オズボーンとは、シェリー醸造メーカー。

1772年にイギリス南部のデボンシャー出身のトーマス・オズボーン・マンによって、エル・プエルト・デ・サンタ・マリーアに設立されたシェリーワイン貿易会社。

当時、甥だったウィリアム・ゴードンと、カディスの駐在英国大使ジェームス・ダフ等と共に、英国市場に向け、シェリー貿易を開始。 その後、1845年以降には英国王室から、1856年以降にはベルギー王室から、1864年以降にはロシア王室から受注するようになった他、1869にはトーマスが教皇ピウス9世より伯爵の位を賜った。 その後、二代目伯爵のグエサラは第一次世界大戦中後、ブランデーの販売で成功し、三代目伯爵のバスケスは国内外で成功、現在はその息子アントニオが継いでいる。

また、かつて子会社にダフ・ゴードン社、ボバディージャ社があったが、現在一部を除いてその名は用いられていない。

日本に初輸入されたシェリー会社 日本におけるシェリーに関する初記録は1611年、徳川秀忠の部下がシェリーで乾杯したのが初記録とされているが、1633年、日本側が出した鎖国令でその後の可能性は絶たれてしまう。約200年後の1854年、日米和親条約の締結により日本は開国。再びシェリー輸入の可能性が生まれ、1859年6月、横浜港が開港されると、ワインにブランデー、ウイスキーリキュール、そして「シェリー」と、あらゆる酒の輸入が開始され、1861年に創刊したジャパン・ヘラルド新聞の1864年版には早くもオズボーン社の海外向けブランド名である「ダフ・ゴードン社」のシェリーの広告が出された。同社のシェリーは恐らく最初に輸入されたシェリーと云われている。

シェリー・カクテル“バンブー” 「フィノ・シェリー2/3、ドライ・ヴェルモット1/3、オレンジ・ビターズ1dsを用いたドライなモダン・カクテル「バンブー」は、1887年(明治20年)横浜の「グランド・ホテル」に勤めていたルイス・エッピンガーによって考案された。 当時、エッピンガーが用いていたフィノは同社のものだった可能性が高いと言われている。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]