オジジアン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
オジジアン
英字表記 Ogygian
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1983年
Damascus
Gonfalon
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 Tartan Farms
馬主 Tartan Farms
調教師 Jan Nerud
競走成績
生涯成績 10戦7勝
獲得賞金 455,520ドル
テンプレートを表示

オジジアン (Ogygian) とはアメリカ合衆国で生産・調教されたサラブレッド競走馬、および種牡馬である。1985年のフューチュリティステークスなどに優勝し、後に日本で種牡馬入りしている。代表産駒にはエイシンワシントンバトルラインがいる。

なお日本の書籍などでは当馬の名前を「オジジアン」と記述するのが一般的だが、現役時代のオーナーは「オガイジャン」と発音するのが正しいとしている[1]

経歴[編集]

1983年に生まれた牡馬で、同世代にはブロードブラッシュモガンボなどがいる。

1985年に競走馬デビューした。2歳時は3戦3勝と無敗の成績を誇り、特にフューチュリティステークスでは2着グルーヴィに9馬身半差をつけての圧勝劇を繰り広げている。3歳時はドワイヤーステークスジェロームハンデキャップに勝ち、通算10戦7勝・G1競走3勝の好成績で引退した。

1988年からクレイボーンファームにて種牡馬入りした。日本では重賞を2勝したエイシンワシントンの活躍でその名が知れわたるようになり、エイシンワシントンが現役で活躍中の1996年から、浦河町イーストスタッドで供用されるようになる。その後も外国産馬としてすでに輸入されていたバトルライン、持込馬タイキダイヤが重賞を勝ったものの、日本での産駒はジョーディシラオキが唯一の中央重賞勝ち馬と、成績は尻すぼみとなっていった。

2005年、オジジアンは22歳の時に功労馬保護団体オールドフレンズによってアメリカへと買い戻され、8月16日にケンタッキー州のドリームチェイスファームに移された。現在は同じく買い戻されたクリエイターサンシャインフォーエヴァーらと共に同牧場で過ごしている。

評価[編集]

主な勝鞍[編集]

1985年(2歳) 3戦3勝
フューチュリティステークス (G1)
1986年(3歳) 7戦4勝
ドワイヤーステークス (G1)、ジェロームハンデキャップ (G1)、リヴァリッジステークス

主な産駒[編集]

アメリカに残した産駒もG2勝ちが最高で、有力な後継種牡馬には恵まれなかった。

血統表[編集]

オジジアン血統ダマスカス系テディ系)/Blue Larkspur 5x5=6.25%)

Damascus
1964 鹿毛 アメリカ
Sword Dancer
1956 栗毛 アメリカ
Sunglow Sun Again
Rosern
Highland Fling By Jimminy
Swing Time
Kerala
1958 鹿毛 アメリカ
My Babu Djebel
Perfume
Blade of Time Sickle
Bar Nothing

Gonfalon
1975 栗毛 アメリカ
Francis S.
1957 栗毛 アメリカ
Royal Charger Nearco
Sun Princess
Blue Eyed Momo War Admiral
Big Event
Grand Splendor
1962 鹿毛 アメリカ
Correlation Free America
Braydore
Cequillo Princequillo
Boldness F-No.16-a

母ゴンファロンは12頭の競走馬を産み、そのうち8頭が勝ち上がるという優秀な繁殖成績を収めた。他の近親に、甥のオナーアンドグローリーがいる。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 合田直弘「全米のマスコミが震え上がった"オジジアン事件"とは」『別冊宝島340 競馬種牡馬読本2』、宝島社、1997年、48頁。

外部リンク[編集]