ウェサン島
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| Ouessant/Enez Eusa | |
|---|---|
| 行政 | |
| 国 | |
| 地域圏(Région) | ブルターニュ地域圏 |
| 県(département) | フィニステール県 |
| 郡(arrondissement) | ブレスト郡 |
| 小郡(canton) | 小郡庁所在地 |
| INSEEコード | 29155 |
| 郵便番号 | 29242 |
| 市長(任期) | ドニ・パリュエル(PS) (2008年-2014年) |
| 人口動態 | |
| 人口 | 859人 (2006年) |
| 人口密度 | 55人/km² |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯48度28分 西経5度06分 / 北緯48.46度 西経5.1度座標: 北緯48度28分 西経5度06分 / 北緯48.46度 西経5.1度 |
| 標高 | 平均:?m 最低:0m 最高:64 m |
| 面積 | 15.58km² |
ウェサン島(-とう、仏: Ouessant、英: Ushant:アシャント島、ブルトン語: Enez Eusa)は、フランス・ブルターニュ地域圏・フィニステール県に属するイギリス海峡の島。島一つでコミューンとなっている。ヨーロッパフランスの北西端を成す。
目次 |
地理 [編集]
北緯48度28分・西経5度5分に位置する。イギリス海峡の西の入り口の南端の陸標として、北の陸標であるシリー諸島と対をなす。岩がちの島で、東西約 8 km、南北約 3 km、面積約 15 km²、標高は最高 61 m。人口は1999年の統計で 932 人である。
古いブルトン語のことわざに「ウェサン島を見る者は己が血を見、サン(Sein)島を見る者は己が終わりを見る」というものがあり、これは島の周辺が、多くの岩と10ノットを超す潮流がある航海の難所であることを意味している。
歴史 [編集]
ウェサン島は昔から漁業と、海峡の入り口の陸標として名高く、舟歌などにも歌われてきた。
また、ウェサン島の近くでは何度も海戦が行われてきている。18世紀の3回の海戦はイギリスとフランスとの間で戦われたものである。
- 第1次ウェサン島の海戦(1778年7月27日;アメリカ独立戦争) - 島の西100マイルで行われた。
- 第2次ウェサン島の海戦(1781年12月12日:アメリカ独立戦争) - 輸送船団の戦い。
- 第3次ウェサン島の海戦(1794年6月1日:フランス革命戦争) - 島の西400カイリで行われた。「栄光の6月1日」という名で知られる。
- ウェサン島の海戦(1944年6月9日:第二次世界大戦) - イギリス、カナダ、ポーランドの駆逐艦からなる第10駆逐群(駆逐艦ブリスカヴィカ、ピオルン、エスキモー、ジャヴェリン、ターター、アシャンティ、ハイダ、ヒューロン)とドイツ海軍第8駆逐群(駆逐艦ZH1、Z24、Z32)および水雷艇T24との間での戦闘。ZH1とZ32が失われた。
1978年3月にはアメリカのオイルタンカー、「アモコ・カディス」号が島からおよそ19マイルの場所で座礁し、ブルターニュ海岸を広範囲に汚染するという事故が起きた。
雑学 [編集]
- 特殊な小型の黒毛羊の飼育の発祥の地。
- Kreac'h(Creac'h)灯台は世界一強力なことで有名。
- 世界一周航海の起点と終点にウェサン島とイギリスのリザード岬を結ぶ線が使われることが多い。
- 映画『灯台守の恋』(2004年)は、島の沖合にあるジュマン灯台を舞台としている。
