アニリール・セルカン
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アニリール・セルカン(Serkan Anilir、1973年~)は、トルコの宇宙物理学者、工学博士。トルコ人としては初のNASA宇宙飛行士候補生である。元アルペンスキー選手。トルコ人としては初の金メダリストでもある。現在、日本に在住。
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[編集] 人物
非常に多岐にわたる分野で才能を発揮している人物である。幼いころに、地域の科学コンテストで優勝を勝ち取り、それがスイスで寄宿学校を経営している者の目に留まったことから、家族会議の末、海外で一人暮らしを始めるようになる。以後25年間、家族とは離れた生活を送ることとなる。
学生時代、仲間と小火さわぎをおこして退学となるが、暇な時間を使って、かねてから興味のあったタイムマシンの実験を仲間達と行い、地域で話題を呼ぶ。実験は失敗に終わってしまうが、この経験はセルカンにとってかけがえのない友情と思い出を得る結果なった。このときの体験をもとにした書籍が、日本で2006年11月27日に発行された。
NASAでの研究時、母国のトルコではトルコ出身の宇宙飛行士を輩出しようという世論が高まっており、トルコ空軍長直々の推薦で宇宙飛行士候補に選ばれる。これはスキー選手として国の代表になった経験もあり、健康面で有利だったこと、大学時代にパイロットのライセンスを取っていたこと、さらに、現役のNASA研究員であったことなどが有利に働いたためと思われる。以後もテスト、および訓練プログラムを突破し、晴れてNASAの宇宙飛行士候補生となる。現在、計画が進められている火星の有人探査ミッションの候補としても有力候補である。
8カ国語に加え、3つの古代語を用いることができ、各国の神話に関する知識も深い。ギターの腕もプロ級で相川七瀬のライブツアーで演奏。
自身の経験や研究内容を通し、挑戦することや科学すること、研究することの素晴らしさを広く伝えるため、精力的に講演活動を行なっている。
[編集] 研究
[編集] 宇宙エレベーター
11歳のころに、宇宙エレベーターの研究家であるアーサー・C・クラークの『楽園の泉』を読んで非常に感動した経験から、研究者となってから世界初の宇宙エレベーター学会に参加したいという動機を抱いた。
そこから、彼独自の「ATA宇宙エレベーター」という構想を練り上げ、学会で注目を浴びる。学会で懇意となった研究者と共に、現在この計画はNASAで研究が続けられている。なお、ATAとはトルコ近代化の父・アタチュルク(ATATURK)から名をとったものである。
[編集] 多次元空間
研究者仲間とともに、11次元に関する研究論文をケンブリッジ大学の科学専門誌に発表している。ブリストン大学数学部では、建築学の知識を生かしてセルカン独自の「4次元の家」を研究。実際に建築する際の問題点などを割り出している。
[編集] インフラフリー
現在の社会は、災害やテロなどでインフラ設備が破壊されてしまえば、人類の生活に大きな支障をきたすことを指摘した上で、インフラに依存しないで生活できる技術(INFRA-FREE LIFE)の研究を行っている。 このインフラフリーの概念は、災害救助や人口爆発地域への開発支援をはじめ、宇宙開発の分野でもテラフォーミング技術への応用が利くことから、衆目を集めている。現在、東京大学・松村秀一研究室で研究を継続中である。
[編集] 略歴
- 1973年
- 1995年
- イリノイ工科大学 (ITT)建築学科卒業。
- 1997年
- プリンストン大学 数学部講師に就任。
- 1998年
- 1999年
- バウハウス大学 エンジニアリング学部 建築学科修士課程修了。(学位論文:情報化社会における建築)
- 2001年
- NASAジョンソン宇宙センターで宇宙飛行士プログラムを修了。
- NASA 宇宙空間居住工学研究会メンバー。
- 2003年
- 2004年
- トルコ人初のNASA宇宙飛行士候補に選ばれる(現在も訓練継続中)。
- Marquis Who's Who世界歴代人物リファレンスブック 科学者部門に記載される。
- 2005年
- 2006年
- 2007年
- 日本科学未来館監修のアニメーション映画『宇宙エレベータ 〜科学者の夢みる未来〜』の監修。
- 東京理科大学非常勤講師
- 2008年
- 2009年
- モントリオール大学客員教授。
[編集] 著書
日本国内で発行されたもの。

