たかの友梨

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たかの友梨(たかの ゆり、本名:髙野 友梨1948年1月22日 - )はエステティシャンアンチエイジング美容研究家。たかの友梨ビューティクリニック創業者(株式会社不二ビューティ代表)。

略歴[編集]

新潟県南魚沼郡湯沢町出身。群馬県立前橋女子高等学校卒業[1]

一般社団法人エステティックセラピスト協会会長、一般社団法人日本エステティック業協会常務理事、日本肥満学会員、児童養護施設「鐘の鳴る丘少年の家」等を運営する 社会福祉法人「鐘の鳴る丘 愛誠会」後援会長、地球こどもクラブ副会長、ミス・ユニバース審査員、フジテレビ系列「ビューティー・コロシアム」などのメディアに美容家として多数出演中。
1972年、自身のニキビに悩み、エステティック技術を学ぶためフランス留学。1978年、たかの友梨ビューティクリニックを設立。エステ業界の草分け的存在として世界中からエステティック技術を取り入れ、紹介を続けている。次世代セラピストの育成にも力を注いでいる。また、オリジナル化粧品の開発なども行う。

略歴[編集]

  • 1972年(昭和47年):エステティックを学ぶため単身渡仏。
  • 1973年(昭和48年):株式会社東京美機設立、自ら開発した『ヴィッキー』を発売開始。
  • 1978年(昭和53年):たかの友梨第一号店を大久保にオープン。入店研修用に「日本エステティック学院」を開校。
  • 1979年(昭和54年):青山にトータルエステサロンをオープン。施術内容が美顔・ボディ・電気脱毛3部門になる。
  • 1986年(昭和61年):1978年に開設した「日本エステティック学院」を「たかの友梨 エステティックアカデミー」に改称
  • 1992年(平成4年):テレビ東京でたかの友梨、リゾートエステ紹介のテレビ番組「ビューティ紀行」スタート
  • 1995年(平成7年):本格的にインド伝承医療「アーユルヴェーダ理論」を学び、エステティックに取り入れる。また、「鐘の鳴る丘少年の家」へ資金援助し、全面改装をおこなった。
  • 1996年(平成8年):東京・代々木八幡に滞在型エステティックサロン「あゆるば館」をオープン。
  • 2002年(平成14年):群馬県前橋市の養護施設「鐘の鳴る丘少年の家」に屋内体育館施設「たかの友梨レインボーホール」を寄贈
  • 2003年(平成15年):たかの友梨エステティックアカデミーが、日本エステティック協会の認定校となる。
  • 2004年(平成16年):一般向けエステティシャン養成校として、たかの友梨エステティックアカデミーインターナショナルを開校。
  • 2006年(平成18年):ボランティア活動として、群馬県の養護老人ホームで定期的にエステティックサービスの提供をスタート。9月には、スイスセラップ社と新しいコスメを共同開発。「たかの友梨セルコスメ」シリーズ発表。
  • 2007年(平成19年)7月:創業30周年を記念して本社移転。10月:たかの友梨プロデュースダイヤモンドジュエリーブランド「エカテリーナ」がスタート。11月:群馬県前橋市の養護施設「鐘の鳴る丘少年の家」に、食育のためのケアハウス「たかの友梨レインボーハウス」を寄贈。
  • 2008年(平成20年)4月:特定非営利活動法人「School Aid Japan(スクール・エイド・ジャパン)」の世界中の子どもたちを対象とした教育支援活動に賛同し、カンボジアの小学校に校舎を寄付。6月:岩手・宮城内陸地震の被災者に無償でエステティックサービスを提供。7月:株式会社ラ・パルレ第三者割当増資を引き受け、同社の筆頭株主となり、業界唯一の上場企業の倒産を救う。その後、増資で引き受けた株を振興銀行に譲渡する。
  • 2009年(平成21年)6月:たかの友梨自身の長年の夢であった美と健康の本格エステ&スパ施設「桜庵」を河口湖にオープンする。社会福祉法人「鐘の鳴る丘 愛誠会」の後援会長に就任。養護施設「鐘の鳴る丘少年の家」に屋内体育館施設「レインボーガーデン」「レインボーフィールド」を寄贈。
  • 2010年(平成22年)3月:渦中の沢尻エリカをCMで起用。ワイドショーを騒がせその放送時間が300時間を超える。
  • 2011年(平成23年)3月:「School Aid Japan(スクール・エイド・ジャパン)」を通じ、2校目となるカンボジア・ポーサット州カッフワット村に中学校校舎を寄贈。東日本大震災発生後、歌手GACKTが発起人の「SHOW YOUR HAERT」の街頭募金活動に賛同し、目黒駅で自ら募金活動に参加。4月初めには福島県いわき市の2ヶ所の避難所を訪れ、エステボランティアを実施。4月中旬には第2陣のエステボランティア隊を宮城県の避難所へ。長い避難生活をおくる女性や子供たちの生活に笑顔と潤いを届けたいという想いから、支援物資としてコスメセットやショーツ、マスク、ドライシャンプー、ヘアブラシ、子供用のTシャツやおもちゃ、チョコレートなどを届ける。
  • 2012年(平成24年)1月:「Tシャツ募金」として、全社員がチャリティーTシャツを購入。集まった代金は、日本赤十字社を通じて東日本大震災の義援金として寄付。
  • 2013年(平成25年)4月:フランスに本部のあるISO認証機関ビューローベリタスにおいて、品質マネジメントシステムの国際規格ISO9001の認証を取得。日本のエステティックサロンとして初めての認証。8月:桜庵にホテルを新設。「桜庵 河口湖ホテル」オープン。10月:「たかの友梨CUP平尾昌晃チャリティゴルフ」開催。集まった募金を様々な団体へ寄付。
  • 2014年(平成26年)4月:東京都の認可を受け「学校法人たかの友梨学園 たかの友梨美容専門学校」開校。

人物[編集]

  • 矢沢永吉の「成り上がり」と藤田田の「ユダヤの商法」が愛読書。矢沢の大ファンで、矢沢のポスターやグッズを集めた専用の矢沢部屋がある[2]。矢沢にCMのオファーを出したことがあるが「イメージと違う」と断られたという[2]

著書[編集]

「アーユルヴェーダ美人道」「大成功できる人のちいさな心づかい」「レッドビューティ」「運が悪くってよかった」「なぜか、人とお金がついてくる50の習慣」他多数。

その他、DVD「言葉があなたの人生を変える たかの友梨」「アーユルヴェータ美人道」等。

たかの友梨ビューティクリニック[編集]

株式会社不二ビューティ
種類 株式会社
本社所在地 151-0053
東京都渋谷区代々木3丁目37-5 たかの友梨レインボービル
本店所在地 107-0062
東京都港区南青山5丁目1-2
設立 1979年11月
業種 サービス業
事業内容 エステティックサロンの経営
代表者 代表取締役:高野友梨
資本金 95百万円
売上高 17,000百万円(決算期:平成22年9月期)
従業員数 1,052人(平成22年9月現在)
決算期 9月
外部リンク http://www.takanoyuri.com/
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東京都渋谷区代々木にあるたかの友梨ビューティクリニック本社。(たかの友梨レインボービル)

たかの友梨ビューティクリニックは、1978年(昭和53年)9月に東京・新大久保にて創業した、エステティックサロン(店名に「クリニック」とつくが、医療機関ではない)。

運営店舗数は、122店(平成22年9月現在)。

エステdeミロード倒産した際、チケットの先売り・まとめ売りで成り立つエステティック業界への不信感を払拭するために真っ先に肩代わりを決め、ミロードチケットでの無償サービスを行った。

脚注[編集]

  1. ^ [1]
  2. ^ a b 2014年2月4日放送『ライオンのごきげんよう』より

外部リンク[編集]