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[[ファイル:Nitrogen Cycle ja.svg|thumb|420px|right|窒素循環のモデル図]]
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'''窒素循環'''(ちっそじゅんかんは、[[窒素]]とこれを含む構成要素の間の変換について記述すもの[[生物地球化学的循環]]の一部をなす気体の要素も含んだ循環である。
'''窒素循環'''(ちっそじゅんかん、英:Nitrogen cycle)は、[[地球]]上において[[窒素]]が[[大気圏]]、[[リソスフェア|岩石圏]]、[[生物圏]]など各環境でやり取りされ形成される大きな循環をいう。[[炭素循環]]などともに[[生物地球化学的循環]]の一地球上生物にとって窒素は[[タンパク質]]や[[核酸]]の主要構成要素であり、[[必須元素]]の一つである。

窒素は[[タンパク質]]を構成する要素であり、さらに言えばタンパク質を構成する[[アミノ酸]]の要素である。さらには[[デオキシリボ核酸|DNA]]や[[リボ核酸|RNA]]のような[[核酸]]にも含まれている。つまり窒素は生物にとって不可欠の存在であり、比較的多量に存在することが生物群集の成立には必要とされる。


==概要==
==概要==
窒素循環は複数の反応に分けられ(右図)、各反応で窒素は様々な化学的形態をとる(N<sub>2</sub>, NH<sub>4</sub><sup>+</sup>, N<sub>2</sub>O, NO<sub>2</sub><sup>-</sup>, NO<sub>3</sub><sup>-</sup>など)。地球における窒素の最大の貯蔵所は[[大気]]であり、大気の78%は窒素ガス(N<sub>2</sub>)である。窒素ガスは極めて不活性な物質であり、そのままではほとんどの生物は利用できない。しかし、一部の生物は[[窒素固定]]と呼ばれる能力をもち、このプロセスによって窒素ガスは生物に利用可能な形([[アンモニア]])に化学的に変換され、生体内に取り込まれる。窒素固定能力を持つ生物([[窒素固定菌]])は[[細菌|バクテリア]]か[[古細菌|アーキア]]([[メタン菌]])であり、[[真核生物]]では知られていない<ref>{{Cite journal|date=2000|title=Nitrogen Fixation In Methanogens: The Archaeal Perspective|url=https://www.caister.com/cimb/abstracts/v2/125.html|journal=Current Issues in Molecular Biology|language=en|doi=10.21775/cimb.002.125}}</ref><ref>{{Cite journal|last=Dos Santos|first=Patricia C|last2=Fang|first2=Zhong|last3=Mason|first3=Steven W|last4=Setubal|first4=João C|last5=Dixon|first5=Ray|date=2012-12|title=Distribution of nitrogen fixation and nitrogenase-like sequences amongst microbial genomes|url=https://bmcgenomics.biomedcentral.com/articles/10.1186/1471-2164-13-162|journal=BMC Genomics|volume=13|issue=1|pages=162|language=en|doi=10.1186/1471-2164-13-162|issn=1471-2164|pmid=22554235|pmc=PMC3464626}}</ref>。例えば[[マメ科]]植物の根に[[共生]]する[[根粒菌]]が有名であるが、[[好気性生物|好気性]]、[[嫌気性生物|嫌気性]]どちらの生物も知られている。
窒素の最大の貯蔵所は[[大気]]であり、大気の78%は窒素ガス(N<sub>2</sub>)である。窒素ガスは、極めて不活性な物質であり、ほとんどの生物は利用できない。従って空中の窒素は、そのままでは窒素の循環の経路にはなりがたい。実際にはこの窒素は[[窒素固定]]と呼ばれるプロセスによって「固定」される。窒素固定とは、窒素ガスを他の窒素化合物(硝酸塩やアンモニア)へと変換する反応のことであり、例えば窒素と酸素から[[硝酸塩]]({{chem|NO|3|-}})などを生成する反応を指す。窒素固定は、[[雷]]でも起きるが、19世紀までは、主役は土壌内の窒素固定能力を持ったバクテリアであり、例えば[[マメ科]]植物の根にある[[根粒菌]]も窒素固定を行う。窒素固定菌は、ある酵素を使って窒素ガスを硝酸塩に変化させる。硝酸塩は植物や動物によって消費され、上述のタンパク質やDNAなどの生合成に利用される。タンパク質などは食物連鎖によって循環していく。


動植物に使われた窒素は、排泄物や死体の腐乱よって解放る。[[腐食動物]]や[[分解者]]が動植物の排泄や死体分解し、窒素は[[アンモニア]]({{chem|NH|3}})に姿をる。アンモニアは毒性があり、土壌内の[[亜硝酸菌]]がアンモニアを亜硝酸塩({{chem|NO|2|-}}) に変化させる。亜硝酸塩も多くの生物は利用できないが、[[硝酸菌]]が亜硝酸塩を硝酸塩に変化させ、再び生物が利用可能な形になる。一部の硝酸塩は[[脱窒]]のプロセスを経て窒素ガスに変化る。
窒素固定菌窒素ガスを硝酸塩変化る。硝酸塩は生体内でタンパク質やDNAなどの[[生体]]の合成に利用される。窒素は様々な有機化合物の形で生行き来するが一部の窒素は[[分解者]]によって[[アンモニア]]({{chem|NH|3}})に変換される。アンモニアは毒性があり、土壌内の[[亜硝酸菌]]がアンモニアを亜硝酸塩({{chem|NO|2|-}}) に変化させる。亜硝酸塩も多くの生物は利用できないが、[[硝酸菌]]が亜硝酸塩を硝酸塩に変化させ、再び生物が利用可能な形になる。[[植物]]と[[菌類]]はこれら無機化合物中の窒素を利用でき、再び有機物の形に変換し、これはさらに他の生物に利用される。一部の硝酸塩は[[脱窒]]のプロセスを経て窒素ガスに変化し、大気中に戻る。


窒素固定は、[[雷]]によって無機的にも起きる。雷のもつエネルギーにより大気中の窒素(N<sub>2</sub>)と酸素(O<sub>2</sub>)が反応し、各種窒素酸化物(NOx)が生成し、これは多くの生物に利用可能である。また20世紀以降、人工的な窒素固定方法が産業的に利用されており、ヒト以外の生物による窒素固定に匹敵する規模となっている(後述)。これは窒素循環のサイクルの中で、窒素固定菌とは別に新たにヒトという種が重要な構成要素となっていることを意味する。
このような無機窒素化合物を利用できるのは[[植物]]と[[菌類]]であり、それらがこれを吸収してアミノ酸など有機窒素化合物を合成し、[[動物]]はそれを利用することができる。


==物の窒素の排泄==
==物の窒素の排泄==
ヒトが[[タンパク質]]などから取り入れた[[窒素]]のうち、過剰分が[[尿]]の中に尿素の形で排泄される(尿には尿素が含まれており、成人は尿素を 1日 30 g ほど排泄する。)。生体内では、[[尿素回路]]により[[アンモニア]]から尿素が産生される。
ヒトが[[タンパク質]]などから取り入れた[[窒素]]のうち、過剰分が[[尿]]の中に尿素の形で排泄される(尿には尿素が含まれており、成人は尿素を 1日 30 g ほど排泄する。)。生体内では、[[尿素回路]]により[[アンモニア]]から尿素が産生される。


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==人工的な窒素固定==
==人工的な窒素固定==
20世紀に入ると、[[ハーバー・ボッシュ法]]が発明され、窒素と水素からアンモニアが合成されるようになった。また[[オストワルト法]]によりアンモニアから硝酸が人工的に作られ、肥料として用いられるようになった。これらの化学手法が工業化されることで、現在の生体窒素の半分が工業的に固定化された窒素を利用している。言い換えると、我々の体内にあるタンパク質のうち、半分はどこかの工場でハーバー・ボッシュ法を経たものが、窒素循環により巡ってきたものである。
20世紀に入、[[ハーバー・ボッシュ法]]が発明され、窒素と水素からアンモニアが合成されるようになった。また[[オストワルト法]]によりアンモニアから硝酸が人工的に作られ、肥料として用いられるようになった。これらの化学手法が工業化されることで、現在の生体窒素の半分が工業的に固定化された窒素を利用している。言い換えると、我々の体内にあるタンパク質のうち、半分はどこかの工場でハーバー・ボッシュ法を経たものが、窒素循環により巡ってきたものである。


全世界の[[アンモニア]]の年間生産量(2010年)は1.6億tで、そのうち8割が[[肥料]]用であると言われている<ref>[http://www.ueri.co.jp/jhif/12Conference090610/doshisyauniv.pdf アンモニアエコノミーと 水素エネルギー利用]. 第12回 日本水素エネルギー産業会議. 平成21年6月10日. 同志社大学大学院工学研究科. 伊藤靖彦</ref>。生物による[[窒素固定]]は1.8億t、[[雷]]等の[[自然放電]]による生成と排気ガスの[[NOx]]で0.4億tと言われている。
全世界の[[アンモニア]]の年間生産量(2010年)は1.6億tで、そのうち8割が[[肥料]]用であると言われている<ref>[http://www.ueri.co.jp/jhif/12Conference090610/doshisyauniv.pdf アンモニアエコノミーと 水素エネルギー利用]. 第12回 日本水素エネルギー産業会議. 平成21年6月10日. 同志社大学大学院工学研究科. 伊藤靖彦</ref>。生物による[[窒素固定]]は1.8億t、[[雷]]等の[[自然放電]]による生成と排気ガスの[[NOx]]で0.4億tと言われている。

2022年9月10日 (土) 13:06時点における版

窒素循環のモデル図

窒素循環(ちっそじゅんかん、英:Nitrogen cycle)は、地球上において窒素大気圏岩石圏生物圏などの各環境間でやり取りされる中で形成される大きな循環をいう。炭素循環などともに生物地球化学的循環の一つ。地球上の生物にとって窒素はタンパク質核酸の主要構成要素であり、必須元素の一つである。

概要

窒素循環は複数の反応に分けられ(右図)、各反応で窒素は様々な化学的形態をとる(N2, NH4+, N2O, NO2-, NO3-など)。地球における窒素の最大の貯蔵所は大気であり、大気の78%は窒素ガス(N2)である。窒素ガスは極めて不活性な物質であり、そのままではほとんどの生物は利用できない。しかし、一部の生物は窒素固定と呼ばれる能力をもち、このプロセスによって窒素ガスは生物に利用可能な形(アンモニア)に化学的に変換され、生体内に取り込まれる。窒素固定能力を持つ生物(窒素固定菌)はバクテリアアーキアメタン菌)であり、真核生物では知られていない[1][2]。例えばマメ科植物の根に共生する根粒菌が有名であるが、好気性嫌気性どちらの生物も知られている。

窒素固定菌は窒素ガスを硝酸塩に変化させる。硝酸塩は生体内でタンパク質やDNAなどの生体物質の合成に利用される。窒素は様々な有機化合物の形で生物間を行き来するが、一部の窒素は分解者によってアンモニア(NH3)に変換される。アンモニアは毒性があり、土壌内の亜硝酸菌がアンモニアを亜硝酸塩(NO
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) に変化させる。亜硝酸塩も多くの生物は利用できないが、硝酸菌が亜硝酸塩を硝酸塩に変化させ、再び生物が利用可能な形になる。植物菌類はこれら無機化合物中の窒素を利用でき、再び有機物の形に変換し、これはさらに他の生物に利用される。一部の硝酸塩は脱窒のプロセスを経て窒素ガスに変化し、大気中に戻る。

窒素固定は、によって無機的にも起きる。雷のもつエネルギーにより大気中の窒素(N2)と酸素(O2)が反応し、各種窒素酸化物(NOx)が生成し、これは多くの生物に利用可能である。また20世紀以降、人工的な窒素固定方法が産業的に利用されており、ヒト以外の生物による窒素固定に匹敵する規模となっている(後述)。これは窒素循環のサイクルの中で、窒素固定菌とは別に新たにヒトという種が重要な構成要素となっていることを意味する。

動物の窒素の排泄

ヒトがタンパク質などから取り入れた窒素のうち、過剰分が尿の中に尿素の形で排泄される(尿には尿素が含まれており、成人は尿素を 1日 30 g ほど排泄する。)。生体内では、尿素回路によりアンモニアから尿素が産生される。

最も簡単な窒素化合物はアンモニアであるが、人体に有害なため、安全な尿素として蓄えられ水溶液として排泄される。ただし水溶性であるから水と共に捨てなければならず、濃縮にも一定のエネルギーを要する。

水の確保が重要な問題となる生活ではこの点で尿酸にしたほうが有利である。これは尿酸は尿素に比べ濃縮が可能であり、体内に一時的に保持するにあたって水分をあまり必要としないためである。また、硬い殻を持つから生まれる際に、代謝に伴って生じた窒素化合物を体外へ排出することが出来ない。硬い(閉鎖卵)を有する卵生の動物では、尿を殻の外に排泄できないため、アンモニアでは有害であり、尿素では浸透圧が高くなりすぎ、水にわずかしか溶けない尿酸の形で排泄することにより有害性と浸透圧の両方の問題を解決している。

窒素の排泄は、硬骨魚類ではアンモニア哺乳類両生類軟骨魚類では尿素、鳥類爬虫類では尿酸のかたちで行われる[3][4]。なお、軟骨魚類は、浸透圧調節のため、尿素やトリメチルアミンオキサイドを体内に蓄積している[5]

人工的な窒素固定

20世紀に入り、ハーバー・ボッシュ法が発明され、窒素と水素からアンモニアが合成されるようになった。またオストワルト法によりアンモニアから硝酸が人工的に作られ、肥料として用いられるようになった。これらの化学手法が工業化されることで、現在の生体窒素の半分が工業的に固定化された窒素を利用している。言い換えると、我々の体内にあるタンパク質のうち、半分はどこかの工場でハーバー・ボッシュ法を経たものが、窒素循環により巡ってきたものである。

全世界のアンモニアの年間生産量(2010年)は1.6億tで、そのうち8割が肥料用であると言われている[6]。生物による窒素固定は1.8億t、等の自然放電による生成と排気ガスのNOxで0.4億tと言われている。

人工肥料による過剰な窒素は土壌から流出し、河川・沼沢地・海洋で富栄養化や無酸素化などの環境問題を起こしている。人類の安全な活動領域を定めたプラネタリー・バウンダリーによれば、農業による窒素固定の限界値は年間3500万トン、大気中の窒素ガスは年間4400万トン以下という指標が定められている[7]。しかし窒素生産量は2015年時点で1億5000万トンに達している[8]

出典・脚注

出典

  1. ^ “Nitrogen Fixation In Methanogens: The Archaeal Perspective” (英語). Current Issues in Molecular Biology. (2000). doi:10.21775/cimb.002.125. https://www.caister.com/cimb/abstracts/v2/125.html. 
  2. ^ Dos Santos, Patricia C; Fang, Zhong; Mason, Steven W; Setubal, João C; Dixon, Ray (2012-12). “Distribution of nitrogen fixation and nitrogenase-like sequences amongst microbial genomes” (英語). BMC Genomics 13 (1): 162. doi:10.1186/1471-2164-13-162. ISSN 1471-2164. PMC PMC3464626. PMID 22554235. https://bmcgenomics.biomedcentral.com/articles/10.1186/1471-2164-13-162. 
  3. ^ にょうそ【尿素】の意味 - 国語辞書 goo辞書
  4. ^ 有馬四郎「兩棲類の發生初期の代謝終産物について : I.蛙尿の化學成分について」 動物学雑誌 61(9), 1952-09-15, pp275-277 NAID 110003360889
  5. ^ 石橋賢一「大学院特論講義:水電解質研究の進歩」『明治薬科大学研究紀要 』38号、2009年05月31日、pp21-28 窒素循環 - J-GLOBAL
  6. ^ アンモニアエコノミーと 水素エネルギー利用. 第12回 日本水素エネルギー産業会議. 平成21年6月10日. 同志社大学大学院工学研究科. 伊藤靖彦
  7. ^ ロックストローム, クルム 2018, p. 78, 165.
  8. ^ ロックストローム, クルム 2018, p. 80.

参考文献

  • ヨハン・ロックストローム; マティアス・クルム英語版 著、谷淳也, 森秀行 訳『小さな地球の大きな世界 プラネタリー・バウンダリーと持続可能な開発』丸善出版、2018年。 (原書 Johan Rockström, Mattias Klum (2015), Big World Small Planet - Abundance within Planetary Boundaries, Yale University Press 

関連項目