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'''三ケ木'''(みかげ)は、神奈川県相模原市西部(旧津久井町)にある地区である。なお、住居表示は、相模原市への[[地域自治区|編入合併]]に伴い、「'''津久井町三ケ木'''」(つくいちょうみかげ)に変更されている。 |
'''三ケ木'''(みかげ)は、神奈川県相模原市西部(旧[[津久井町]]:つくいまち)にある地区である。なお、住居表示は、相模原市への[[地域自治区|編入合併]]に伴い、「'''津久井町三ケ木'''」(つくいちょうみかげ)に変更されている。 |
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[[画像:神奈中三ヶ木操車所.png|thumb|right|250px|三ヶ木操車所が交通の拠点]] |
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== 概要 == |
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旧津久井町の北部に位置する。[[相模川]]と[[道志川]]の合流点に近く、両河川の南側に広がる[[河岸段丘]]上に集落が分布する。旧津久井町内では比較的に広い平坦地が広がる地区であり、畑で野菜等が栽培されている。 |
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[[国道412号]]と[[国道413号]]が合流しているため、津久井地域における交通の要衝と位置づけられている。しかし公共交通機関がバスしかなく、最寄り駅である[[橋本駅 (神奈川県)|橋本駅]]や[[相模湖駅]]へのアクセスも時間がかかることから軌道系交通機関の要望が出ている。また、「[[架空鉄道]]」趣味愛好者の間では通過地点として頻繁に登場するため「聖地」と呼ばれることもある。難読地名であることも人気の理由の一つである。 |
[[国道412号]]と[[国道413号]]が合流しているため、津久井地域における交通の要衝と位置づけられている。しかし公共交通機関がバスしかなく、最寄り駅である[[橋本駅 (神奈川県)|橋本駅]]や[[相模湖駅]]へのアクセスも時間がかかることから軌道系交通機関の要望が出ている。また、「[[架空鉄道]]」趣味愛好者の間では通過地点として頻繁に登場するため「聖地」と呼ばれることもある。難読地名であることも人気の理由の一つである。 |
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* [[1925年]]([[大正]]14年)7月1日、中野町(同年1月1日に町制施行)、太井村、又野村と合併し、'''津久井郡中野町'''が発足。同町内の大字「三ヶ木」となる。 |
* [[1925年]]([[大正]]14年)7月1日、中野町(同年1月1日に町制施行)、太井村、又野村と合併し、'''津久井郡中野町'''が発足。同町内の大字「三ヶ木」となる。 |
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* [[1948年]]([[昭和]]23年)3月20日、中野町外2ヶ村学校組合立津久井高等学校認可、同年4月1日に神奈川県に移管、[[神奈川県立津久井高等学校]]となる。 |
* [[1948年]]([[昭和]]23年)3月20日、中野町外2ヶ村学校組合立津久井高等学校認可、同年4月1日に神奈川県に移管、[[神奈川県立津久井高等学校]]となる。 |
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* [[1955年]](昭和30年)4月1日、中野町、串川村、鳥屋村、青野原村、青根村が合併し、津久井郡[[津久井町]]が発足。同町の大字「三ヶ木」となる。 |
* [[1955年]](昭和30年)4月1日、中野町、串川村、鳥屋村、青野原村、青根村および三沢村の一部(三井)が合併し、津久井郡[[津久井町]]が発足。同町の大字「三ヶ木」となる。 |
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* [[1963年]](昭和38年)12月13日、[[神奈川中央交通]]が[[神奈川中央交通相模原営業所三ヶ木操車所|津久井営業所]]を中野から三ヶ木に移転。津久井郡内のバス交通のターミナルとなる。 |
* [[1963年]](昭和38年)12月13日、[[神奈川中央交通]]が[[神奈川中央交通相模原営業所三ヶ木操車所|津久井営業所]]を中野から三ヶ木に移転。津久井郡内のバス交通のターミナルとなる。 |
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* [[2006年]]([[平成]]18年)3月20日、津久井町が相模湖町とともに[[相模原市]]へ編入。同市の大字「津久井町三ヶ木」となる。 |
* [[2006年]]([[平成]]18年)3月20日、津久井町が相模湖町とともに[[相模原市]]へ編入。同市の大字「津久井町三ヶ木」となる。 |
2008年1月5日 (土) 03:24時点における版
三ケ木(みかげ)は、神奈川県相模原市西部(旧津久井町:つくいまち)にある地区である。なお、住居表示は、相模原市への編入合併に伴い、「津久井町三ケ木」(つくいちょうみかげ)に変更されている。
概要
旧津久井町の北部に位置する。相模川と道志川の合流点に近く、両河川の南側に広がる河岸段丘上に集落が分布する。旧津久井町内では比較的に広い平坦地が広がる地区であり、畑で野菜等が栽培されている。
国道412号と国道413号が合流しているため、津久井地域における交通の要衝と位置づけられている。しかし公共交通機関がバスしかなく、最寄り駅である橋本駅や相模湖駅へのアクセスも時間がかかることから軌道系交通機関の要望が出ている。また、「架空鉄道」趣味愛好者の間では通過地点として頻繁に登場するため「聖地」と呼ばれることもある。難読地名であることも人気の理由の一つである。
主な施設
- 神奈川中央交通相模原営業所三ヶ木操車所 (三ヶ木バスターミナル等)
- 神奈川県立津久井高等学校
歴史
- 相模国に属する。中世までは愛甲郡に属した。「奥三保」と呼ばれた同郡北部の「日影之村」の内の三加木之村として記録に現れる。
- 江戸時代初期に愛甲郡から分離して津久井県三ヶ木村となった。1633年(寛永10年)、1697年(元禄10年)にはともに幕府領。幕末には旗本鷲巣家の知行。
- 明治初年に津久井県が津久井郡と改称。1871年(明治4年)11月に足柄県の所属となり、1876年(明治9年)に同県が廃されて神奈川県所属となる。
- 1878年(明治11年)、郡区町村編制法により津久井郡三ヶ木村となる。近隣の中野村、太井村、又野村、根小屋村と町村組合を構成し、役場を中野村に置く。
- 1889年(明治22年)4月1日、町村制を施行し、単独で津久井郡三ヶ木村となる。引き続き、中野村、太井村、又野村と町村組合を構成し、役場を中野村に置く。
- 1902年(明治35年)5月、津久井郡立乙種蚕業学校開設(1939年(昭和4年)3月に廃校となるが、現神奈川県立津久井高等学校はこの学校の開設を同校の創立としている。)。
- 1925年(大正14年)7月1日、中野町(同年1月1日に町制施行)、太井村、又野村と合併し、津久井郡中野町が発足。同町内の大字「三ヶ木」となる。
- 1948年(昭和23年)3月20日、中野町外2ヶ村学校組合立津久井高等学校認可、同年4月1日に神奈川県に移管、神奈川県立津久井高等学校となる。
- 1955年(昭和30年)4月1日、中野町、串川村、鳥屋村、青野原村、青根村および三沢村の一部(三井)が合併し、津久井郡津久井町が発足。同町の大字「三ヶ木」となる。
- 1963年(昭和38年)12月13日、神奈川中央交通が津久井営業所を中野から三ヶ木に移転。津久井郡内のバス交通のターミナルとなる。
- 2006年(平成18年)3月20日、津久井町が相模湖町とともに相模原市へ編入。同市の大字「津久井町三ヶ木」となる。