コンテンツにスキップ

富ノ山等

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

富ノ山 等(とみのやま ひとし、1914年2月10日 - 1945年10月30日)は、宮城県栗原郡築館町(現栗原市)出身で花籠部屋に所属した力士。本名は佐藤 等。最高位は西前頭4枚目。身長185cm、体重116kg。

人物

[編集]

1930年、花籠部屋から初土俵を踏む。序ノ口三段目幕下で優勝を経験し、3年で十両に昇進した。そのあと少し出世はゆっくりとなったが、1935年1月、20歳で新入幕を果たした。「富野山」に改名した1936年5月場所自己最高位となる西前頭4枚目まで上がるが、11戦全敗で終わった。「冨ノ山」に再改名した1937年5月場所十両に落ち、一時期素行不良で破門され、幕下付出で再出発したこともあった。1942年5月場所再入幕を果たしたが、負け越して十両に落ちた。しばらく十両で取り続けていたが、幕下に落ちた1945年6月場所限りで廃業し、この年の10月に死去した。突っ張りの力はあったが、それ以外の攻め手はあまりなく、幕内中堅から下位で終わってしまった。色黒の容貌からキングコングとあだ名された。

主な成績

[編集]
  • 通算成績:179勝166敗25休 勝率.519
  • 幕内成績:25勝45敗 勝率.357
  • 現役在位:35場所
  • 幕内在位:6場所
  • 各段優勝
    • 幕下優勝:1回(1932年10月場所)
    • 三段目優勝:1回(1932年2月場所)
    • 序ノ口優勝:1回(1931年3月場所)

場所別成績

[編集]
富ノ山等
春場所 三月場所 夏場所 秋場所
1930年
(昭和5年)
x x (前相撲) 序ノ口
3–3 
1931年
(昭和6年)
西序ノ口4枚目
3–3 
西序ノ口4枚目
優勝
6–0
東序二段10枚目
3–3 
東序二段10枚目
4–2 
1932年
(昭和7年)
東三段目14枚目
優勝
6–2
東三段目14枚目
7–3 
東幕下16枚目
8–3 
東幕下16枚目
優勝
10–1
1933年
(昭和8年)
西十両7枚目
7–4 
x 西十両2枚目
4–7 
x
1934年
(昭和9年)
西十両5枚目
6–5 
x 西十両2枚目
9–2 
x
1935年
(昭和10年)
東前頭12枚目
8–3 
x 東前頭6枚目
4–7 
x
1936年
(昭和11年)
西前頭9枚目
7–4 
x 西前頭4枚目
0–11 
x
1937年
(昭和12年)
東前頭11枚目
2–9 
x 西十両2枚目
5–8 
x
1938年
(昭和13年)
東十両8枚目
7–6 
x 東十両11枚目
6–7 
x
1939年
(昭和14年)
東十両13枚目
7–6 
x 東十両8枚目
休場
0–0–15
x
1940年
(昭和15年)
幕下付出
6–2 
x 西幕下4枚目
5–3 
x
1941年
(昭和16年)
東十両11枚目
10–5 
x 東十両4枚目
8–7 
x
1942年
(昭和17年)
東十両4枚目
8–7 
x 東前頭20枚目
4–11 
x
1943年
(昭和18年)
西十両7枚目
3–12 
x 東幕下2枚目
6–2 
x
1944年
(昭和19年)
西十両8枚目
5–10 
x 西十両13枚目
2–8 
西幕下4枚目
0–0–5 
1945年
(昭和20年)
x x 東幕下21枚目
引退
0–0–5
x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴

[編集]
  • 冨ノ山 等(とみのやま ひとし)1930年5月場所-1932年10月場所
  • 富ノ山 等(とみのやま - )1933年1月場所-1936年1月場所
  • 富野山 等(とみのやま - )1936年5月場所-1940年5月場所
  • 富ノ山 等(とみのやま - )1941年1月場所-1941年5月場所
  • 冨ノ山 等(とみのやま - )1942年1月場所-1942年5月場所
  • 富ノ山 等(とみのやま - )1943年1月場所-1945年6月場所

参考文献

[編集]
  • 小池謙一『大相撲星取大鑑』昭和編第2巻

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]