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リグニン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

リグニン: lignin)とは、高等植物の木化に関与する高分子フェノール性化合物であり、木質素(もくしつそ)とも呼ばれる[1][2]。「木材」を意味するラテン語 lignum から命名された[2][3]

構造

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リグニンの構造例。複雑な3次元状網目構造を形成している。

リグニンは、光合成(一次代謝)により同化された炭素化合物が、更なる代謝(二次代謝)を受けることで合成されるフェニルプロパノイドのうち、p-クマリルアルコールp-ヒドロキシシンナミルアルコール)・コニフェリルアルコールシナピルアルコールという3種類のリグニンモノマーモノリグノール)が、酵素(ラッカーゼペルオキシダーゼ)の触媒の元で1電子酸化されてフェノキシラジカルとなり、これがランダムなラジカルカップリングで高度に重合することにより三次元網目構造を形成した、巨大な生体高分子である。その構造は複雑で、未だに明確には判っていない。

シナピルアルコールが重合した分子をシリンギルリグニン(Sリグニン)、コニフェリルアルコールが重合した分子をグアイアシルリグニン(Gリグニン)、p-クマリルアルコールが重合した分子をp-ヒドロキシフェニルリグニン(Hリグニン)と言う。裸子植物である針葉樹のリグニンは、Gリグニンである。被子植物である広葉樹のリグニンは、GリグニンとSリグニンからなる。また、被子植物の内、単子葉植物であるイネ科植物のリグニンは、GリグニンとSリグニンとHリグニンからなり、草本リグニンと呼ばれる。

歴史

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シルル紀後期にリグニンを合成する植物が登場し、陸上で強固に直立できるようになった[注 1]。また、そのような植物は腐朽せず地表に蓄えられていった。これは地中で石炭へと変化していった[4]

古生代石炭紀末期頃(約2億9千万年前)に、リグニンを分解できる微生物である白色腐朽菌[注 2]が現れ[注 3][注 4]、木材は腐朽により完全分解されるようになった。

これにより、石炭紀からペルム紀にかけて、有機炭素貯蔵量の急激な減少が起きたと考えられている[5][6]

存在

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リグニンは木材中の20%–30%を占めており、高等植物では生育に伴い、道管・仮道管・繊維などの組織でリグニンが生産される。生産されたリグニンはヘミセルロースと同じくセルロースミクロフィブリルに付着していく。まず細胞間層で堆積が始まり、徐々に一次壁、二次壁へと沈着する。同時にヘミセルロースも堆積し、木化してゆく。構造はランダムでアモルファスである。木部の組織は細胞壁成分だけ残存してほとんどの細胞は死細胞となり、通導・植物体支持を担う。腐朽・食害への抵抗性を有する。

食品では、亜麻仁(フラックスシード)、根菜類(ニンジン、パセリ、ダイコン)、小麦ふすま(wheat bran)などに比較的多く含まれるとされる[7]

食品としてのリグニン(食用リグニン)の栄養学的な位置付け

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栄養学の分野では食物繊維としてのリグニン(食用リグニン)は、腸管内の残留物の排出に役立ち、大腸がん、肥満等の各種生活習慣病の予防防止、便秘や腸内環境の改善、ダイエット等に役立つとされ機能の研究が進んでいる。

利用

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リグニンの利用方法として、大きな用途の1つが、木材からのパルプ・製紙工程における熱源を兼ねた黒液としての利用である。木材から紙パルプを作ることは、木材からリグニンを可溶化等により除去する作業とも説明できる。

リグニンは、バニリンの原料として利用されているほか、硫黄を加えて加熱することでメタンチオールジメチルスルフィドジメチルスルホキシドなどを生産するプラントが稼動している[8]

一方、近年になって、積極的に可溶化を利用した、新たな利用方法も試みられている。 例えば、三重大学が72%硫酸フェノール溶液での加水分解や、明治大学のみによる高温高圧での加水分解の手法で低分子化したリグニンの可溶化による、リグニンの再利用方法を開発している。

2019年12月、アイカ工業は、化成品事業の海外統括会社であるアイカ・アジア・パシフィック・ホールディング社が植物由来の未活用資源(バイオマス)であるリグニンとフェノール樹脂を組み合わせた「リグニンフェノール樹脂(Lignin-Phenol Formaldehyde Resin(LPF))」を開発し、合板接着剤としての商用化に成功したと発表した[9]

2020年8月、住友ベークライトは、植物由来のリグニンを活用した固形ノボラック型フェノール樹脂の量産化に成功し、熱硬化性の環境対応プラスチックとして量産提供を推進する旨を発表した[10]

ウイスキーを熟成するための樽は、内面を焦がしてから利用するが、その際に炭化させる具合を軽くして焼き仕上げると、リグニンの影響で甘い香りがするウイスキーができる。

バイオレメディエーションへの応用

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リグニンは、土壌汚染を引き起こすダイオキシン類と分子構造が似ている。このため、腐朽した木材からリグニンを分解する酵素群を持つ白色腐朽菌を採取して、ダイオキシン類に汚染された土壌の浄化に利用するバイオレメディエーション技術が研究されている[11]

脚注

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注釈

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  1. ^ セルロースヘミセルロースを、リグニンによって固めた体組織を持った。
  2. ^ 現在でも地球上で唯一木材を完全分解できる生物である。
  3. ^ リグニン分解能の獲得時期は、分子時計から推定された。
  4. ^ 白色腐朽菌などにより低分子化されたリグニンは Sphingomonas paucimobilis SYK-6 などのバクテリアにより分解され、無機化することが知られている。

出典

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  1. ^ 木質素」『改訂新版 世界大百科事典』https://kotobank.jp/word/%E6%9C%A8%E8%B3%AA%E7%B4%A0コトバンクより2023年12月31日閲覧 
  2. ^ a b 津山濯「“木に化ける”仕組み~リグニン前駆物質の輸送メカニズム~」(PDF)『化学と生物』第59巻第2号、日本農芸化学会、2021年2月1日、59–61頁、NAID 1300081497532024年1月1日閲覧 
  3. ^ Sjöström, Eero (1993). Wood chemistry: fundamentals and applications, Second Edition. Academic Press. pp. 71. ISBN 0126474818 
  4. ^ 小川真 『カビ・キノコが語る地球の歴史』 p74、79、2013年9月30日、築地書館、ISBN 978-4-8067-1463-7
  5. ^ Dimitrios Floudas, et al. "The Paleozoic origin of enzymatic mechanisms for decay of lignin reconstructed using 31 fungal genomes" Science 29/6/2012
  6. ^ リグニン分解酵素の進化が石炭紀の終焉を引き起こした-担子菌ゲノム解析コンソーシアムの共同研究成果がScience誌に掲載”. 東京大学 農学生命科学研究科 研究成果. 東京大学 (2012年7月2日). 2016年10月7日閲覧。
  7. ^ Leo M.L. Nollet, Janet Alejandra Gutierrez-Uribe, ed (2018). Phenolic Compounds in Food (1st Edition ed.). CRC Press. p. Section 12.4 lignin content in foods(Table 12.1). ISBN 9781498722964 
  8. ^ 種田健造. “リグニンの含硫黄アルカリ処理による利用(1)-DMS製造法の発展-” (PDF). 2009年11月26日閲覧。
  9. ^ 商品ニュース | アイカ工業株式会社”. www.aica.co.jp. 2021年7月12日閲覧。
  10. ^ 住友ベークライト株式会社、植物由来のフェノール樹脂(リグニン変性フェノール樹脂)を開発、2020年10月9日閲覧
  11. ^ きのこを形成する木材腐朽菌を活用する新しい環境浄化方法の開発”. KAKEN. 国立情報学研究所 (2016年4月21日). 2023年9月26日閲覧。

外部リンク

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