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Z5型駆逐艦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Z5型駆逐艦
基本情報
艦種 駆逐艦
命名基準 第一次世界大戦で戦死した、ドイツ帝国海軍の軍人
就役期間 1937年–1958年
次級 1936型(Z17型)
要目
排水量 基準 (公称)2,232t(Z9以降は2,270t)
全長 121m
最大幅 11.3m
吃水 4.2m
機関 蒸気タービン6基 2軸推進
出力 70,000hp
速力 38ノット
航続距離 2,700海里(巡航速度19ノット)
乗員 325人
兵装
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Z5型駆逐艦1934A型駆逐艦Zerstörer 1934A)はドイツ海軍駆逐艦である[1]。1937年から1938年にかけて12隻が就役している。

概要

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1940年4月にノルウェーで撮られた「ハンス・ロディ」。

ヴェルサイユ条約によって基準排水量800t以上の駆逐艦の建造・保有を禁止されたドイツは、1923年からメーヴェ型ヴォルフ型を制限枠ぎりぎりで建造していたのだが、1933年から計画された海軍増備計画で大型駆逐艦の建造を決定した。翌年から建造を開始し、始めにZ1型を建造したが、機関の振動などにより期待された性能を発揮できなかったため、新たに本型が建造されることになった。

基本的にはZ1型の設計を流用しているが、凌波性向上のために船首楼を若干高くしている[1]。Z5~Z8の4隻はZ1型と同じ機関を搭載しているが[1]、Z9以降の艦はより高温・高圧のボイラーに変更したため、最高速力と排水量が若干増加している。

全艦が第二次世界大戦で実戦参加し、7隻が失われ、大戦を生き残った5隻は連合国側に引き渡され、ソ連に引き渡されたZ15は1958年まで使用されている。また、大戦中盤まで残存していた艦にはレーダーの装備や対空兵装の強化などが行われている。

同型艦

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艦名造船所起工進水就役備考
Z5 パウル・ヤコビ
(Paul Jacobi)
DeSchiMagブレーメン造船所1935年
7月15日
1936年
3月24日
1937年
6月29日
フランス海軍に賠償艦として譲渡、Desaixと再命名の上で就役。
1958年解体。
Z6 テオドール・リーデル
(Theodor Riedel)
DeSchiMag、ブレーメン造船所1935年
7月18日
1936年
4月22日
1937年
7月2日
フランス海軍に賠償艦として譲渡、Kleberと再命名の上で就役。
1958年解体。
Z7 ヘルマン・シェーマン
(Hermann Schoemann)
DeSchiMag、ブレーメン造船所1935年
9月7日
1936年
7月16日
1937年
9月9日
1942年3月2日
イギリス軽巡エディンバラの砲撃により大破、自沈処分。
Z8 ブルーノ・ハイネマン
(Bruno Heinemann)
DeSchiMag、ブレーメン造船所1936年
1月14日
1936年
9月15日
1938年
1月8日
1942年1月25日
カレー沖にて触雷・沈没。
Z9 ヴォルフガング・ツェンカー
(Wolfgang Zenker)
Germaniawerftキール造船所1935年
3月23日
1936年
3月27日
1938年
7月2日
1940年4月13日
第2次ナルヴィク海戦にて大破、自沈処分。
Z10 ハンス・ロディ
(Hans Lody)
Germaniawerft、キール造船所1935年
4月1日
1936年
5月14日
1938年
9月13日
イギリス海軍に賠償艦として接収、試験艦として使用。
1946年から1949年にかけて解体。
Z11 ベルント・フォン・アルニム
(Bernd von Arnim)
Germaniawerft、キール造船所1935年
4月26日
1936年
7月8日
1938年
12月6日
1940年4月13日
第2次ナルヴィク海戦にて大破、自沈処分。
Z12 エーリッヒ・ギーゼ
(Erich Giese)
Germaniawerft、キール造船所1935年
5月3日
1937年
3月12日
1939年
3月4日
1940年4月13日
第2次ナルヴィク海戦にて撃沈。
Z13 エーリッヒ・ケルナー
(Erich Koellner)
Germaniawerft、キール造船所1935年
10月12日
1937年
3月18日
1939年
3月28日
1940年
4月13日、第2次ナルヴィク海戦にて撃沈。
Z14 フリードリヒ・イーン
(Friedrich Ihn)
ブローム・ウント・フォスハンブルク造船所1935年
3月30日
1935年
11月5日
1938年
4月6日
ソ連海軍に賠償艦として譲渡、Прыткий(Prytkiy)として再就役
1952年解体。
Z15 エーリッヒ・シュタインブリンク
(Erich Steinbrinck)
ブローム・ウント・フォス、ハンブルク造船所1935年
5月30日
1936年
9月24日
1938年
5月31日
ソ連海軍に賠償艦として譲渡、Пылкий(Pylkiy)として再就役。
1958年解体。
Z16 フリードリヒ・エッコルト
(Friedrich Eckoldt)
ブローム・ウント・フォス、ハンブルク造船所1935年
11月14日
1937年
3月21日
1938年
7月28日
1942年12月31日
バレンツ海海戦にてイギリス軽巡シェフィールドの砲撃により撃沈。

脚注

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出典

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  1. 1 2 3 後藤ほか 1997, p. 167.

参考文献

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  • 後藤仁ほか『艦艇名鑑 1939-45』株式会社 光栄、1997年3月24日。ISBN 4-87719-455-X 

関連項目

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外部リンク

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