Wikipedia:査読依頼/天明大噴火 20211220

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天明大噴火 - ノート[編集]

(依頼者コメント) 1783年に発生した浅間山の大噴火の記事です。この噴火は、山麓の鎌原村を一瞬で壊滅させただけでなく、激しい泥流をもたらして関東平野一帯に深刻な被害を出した歴史的な大噴火です。天明の大飢饉田沼意次失脚などの遠因にもなったとされるなど、社会的な影響も甚だしかった歴史的大災害ですので、記事内容の正確性などについて査読を依頼します。--鰻丼会話) 2021年12月20日 (月) 04:57 (UTC)[返信]

【査読】 ──専門家の方による審査結果。
【検証】 ──参考文献などと照合しつつ正確性を評価。
【書評】 ──専門外の方による評価および助言。
【感想】 ──専門外の方による感想。
記事の内容で特に気になった点は、暦の取り扱いです。概要節と噴火の経過節では「旧暦(新暦)」のスタイルですが、タイムライン節では新暦のみ、記録節の引用文中の日付は旧暦か新暦か説明がなく、一貫した理解の妨げとなっています。引用文中の日付の暦を明らかにし、タイムライン節では旧暦の日付も併記できませんかね。また、ウェブ以外に書籍情報源も「発掘」して、さらに内容を充実させてほしいところです。--Doraemonplus会話) 2022年1月1日 (土) 10:10 (UTC)[返信]
返信 (Doraemonplusさん宛) 査読ありがとうございます。実は、自分でも旧暦・新暦の扱いについて半ば戸惑っている状態ではありました。一貫性がないというのは確かに自分でも問題に感じるのですが、この噴火について多くの資料で言及されており、資料によって新暦表記になっているものと旧暦表記になっているものがあり、中立性を考えて執筆していたところ困惑が生じていたというのが実情です。ですが、私はあまり旧暦・新暦といった暦についてあまり詳しくない実情があります。この噴火が旧暦4月(新暦5月)に始まり、旧暦7月7日~8日(新暦8月4日〜5日)に最盛期を迎えた、というのはどの資料を見てもわかることなのですが、自信を持って「旧暦○月○日が今の○月○日だ」とか言えるレベルの能力を残念なことに有していないというのが実情であります。なので、暦に詳しい方にこの辺りを修正あるいはコメントして頂きたいと感じていたところではあります。が、貴重なアドバイスを頂きましたので、今後の編集の参考にしようと考えております。また、自分でも今後の調査対象候補としたいところです。
暦法に関しては私も詳しくないので何とも意見し難いですが、江戸から明治の改暦|日本の暦によると、現在のグレゴリオ暦(いわゆる「新暦」)に至るまでに、江戸幕府は何度か改暦を重ねていたようです。天明大噴火の頃は修正宝暦暦が使われていた時期にあたります。いわゆる「旧暦」というのは、それらを含めた、さまざまな古い暦法の総称なのですね。ところで、ウェブを探索していたら『史料に書かれた日付の西暦換算と表記法 (PDF) 』なる文献を見つけました。そこで、「換暦」というウェブツールが紹介されていました。このサイトでは、和暦の日付を入力すると、ユリウス暦(西暦の旧暦)やグレゴリオ暦の日付に変換して出力できます。難しいことは考えず、旧暦/新暦の日付換算は「換暦」に拠った旨、記事中に注釈を添えて記す方法が手っ取り早いかと思います。あとは、暦法に詳しい編集者が現れて修訂してくれるのを待ちましょう。残る問題は表記の仕方で、上記文献では和暦の日付は漢数字、西暦は算用数字で表記する方法を提案しているのですが、WP:JPE的にはNGであろうか、と思われます。旧暦360日の各日付記事と逐一リンクを結べば誤解のおそれはなくなるでしょうが、それだと今度はWP:OVERLINKなんですよね。ここはいっそのこと、当記事に限ってWP:IGNOREとすべきでしょうか?適切な合意さえできれば、それ(「和暦は漢数字で」に従う方法)でもいいような気もします。ちなみにですが、上記の文献は2頁の「3 和暦は漢数字で」で天明大噴火への言及があり、本文の出典としても使えそうです。--Doraemonplus会話) 2022年1月2日 (日) 11:50 (UTC)[返信]
換暦のウェブツールを拝見しました。これは凄いツールですね。見つけてくださり本当にありがとうございます。確かにこれで「和暦」(旧暦)のところに「天明3年7月8日」と入力すると、グレゴリオ暦(新暦)で「西暦1783年8月5日」と表示され、これは噴火が最盛期だった日付に合致しますね。こんな便利なツールがあるのは今まで存じませんでした。ただ、どちらに統一するか(併記でもいいかもしれませんが)は現時点ではあまり判断しかねるところではあるんですよね。鰻丼会話) 2022年1月3日 (月) 17:31 (UTC)[返信]
報告 図書館で資料を入手したので、天明大噴火#時系列をまとめてみました。「換暦」を利用しなくても済みました。--Doraemonplus会話) 2022年1月8日 (土) 08:34 (UTC)[返信]
報告 私は本日、「渡辺尚志『浅間山大噴火』吉川弘文館、2003年11月(日本語)。ISBN 9784642055666」を購入しましたので、これをもとに今後加筆を行う予定であることを申しておきます。--鰻丼会話) 2022年1月11日 (火) 10:57 (UTC)[返信]
【その他】 ──表記・文体など
全体的に出典の付け方が甘く、書誌情報の不十分な出典が散見され、脚注もあまり整理されていない印象を受けました。
  • 同一の出典は<ref name>で脚注タグをまとめましょう。
  • コトバンクからの引用で、天明の飢饉のように複数の事典の文章が同じページ内に混在しているものについて、出典と関係のない事典名まで列挙すると、参照した情報源が埋もれてわかりにくいです。この場合、出典として参照した事典のみを簡潔に記載すれば十分です。
  • 参考文献に挙げられている内閣府の報告書をはじめ、出典とした文献の引用箇所についてページ番号が示されておらず、{{要ページ番号}}多数です。件の報告書は、ウェブ公開されているPDF文書以外に冊子体も出ているので、そちらを参照するとページ番号調べが捗るでしょう。後述の{{Harv}}、{{Sfn}}等を利用すると便利です。
  • 天明大噴火に関する主要な参考文献については、詳細な書誌情報を調べて、参考文献節にまとめて記載し、{{Cite book}}や{{Harv}}、{{Sfn}}等を利用して脚注リンク化することをお勧めします。このようにしておくと、脚注節がすっきりして見やすくなりますし、この記事を読んで天明大噴火についてもっと調べたいと思った読者にとって、便利なレファレンスとなります。以前私が携わった「福井地震」も参考にしていただければ幸いです。
  • ウェブ情報源はよく集められたものだと感心していますが、一つ一つの情報源の読み込み(精読)が足りていない感があります。一例を挙げると、せっかく出典として使われている災害の教訓【火山編】 (PDF) で噴火の経過が時系列で説明されているのに、タイムライン節で参照されていないのはもったいないです。あとは、書籍情報源からの出典が圧倒的に不足しています。図書館にも足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

以上、雑感でした。総じて、まだまだ成長の余地を感じられる期待の記事だと思います。加筆に尽力されている方々に敬意を表します。--Doraemonplus会話) 2022年1月1日 (土) 10:10 (UTC)[返信]

返信 (Doraemonplusさん宛) 繰り返しになりますが、非常にご丁寧な査読をありがとうございます。心から感謝します。確かに、書籍情報源をもう少し増やさねばならないなとは考えておりました。特に、私の手元に今ある書籍の中で、浅間山噴火について言及したものは理科年表くらいにとどまっており、あまり持ち合わせていないというのが実情であります。いずれは本記事内の「噴火を題材とした書籍」節にある本などを購入あるいは図書館で読むなどして入手したいなとは考えておりました。コロナ禍なので図書館にすぐに行けるかというとそうでもない部分はありますが、とはいえ百科事典ではありますから書籍の内容を多く参照すればもっと色々な内容が書けるのは事実です。出典の付け方についても、今後の編集を通してよく学んでいきたいです。そして、この「天明大噴火」という記事の主題に関して。まだまだ書くべきことはいっぱいあると思います。火山学観点からの解説(鎌原火砕流・なだれや天明泥流のメカニズム)、噴火による直接な影響だけでなく2次的な社会的影響などももっともっと書けるだろうと思いますし。今後、色々な書籍や文献を読んでさらに加筆を行っていきたいです。もし、Doraemonplusさんが「こういったことをもっと書くべきだ」という指摘があれば遠慮なくおっしゃっていただけると幸いです。如何でしょうか?--鰻丼会話) 2022年1月1日 (土) 14:09 (UTC)[返信]
ええと、私はまともに火山誌を読んだことも書いたこともないので、どういったことを記事に書くべきか、その内容についてまでは明確なアイデアを持っていません。一つ申し上げられるとすれば、既に良質な記事に選出されている同種の記事「宝永大噴火」「1888年の磐梯山噴火」「桜島の大正大噴火」をお読みになって、大いに参考にしていただきたく思います。火山の噴火という自然現象とその影響について、多くの知見が詰まっていると思いますので。この記事に限らず、多くの文献を熟読して、多角的な視点から書くのが encyclopedia の使命だと考えており、ひいてはウィキペディアのWP:NPOV, WP:NOR, WP:Vを満足することにもなろうかと存じます。要するに、鰻丼さんの書きたい内容を出典を示せる範囲内でお書きになったらよろしいと思います。--Doraemonplus会話) 2022年1月2日 (日) 11:50 (UTC)[返信]
宝永大噴火」「1888年の磐梯山噴火」「桜島の大正大噴火」を拝見しました。宝永大噴火に関してはもう少し出典が欲しいところではありますが(GAとはいえ2006年に選出されたので、当時は今より選考基準が甘かったのではないかという印象はあります)、それ以外の2つに関しては本当に素晴らしい記事だと思いました。FAでもいいんじゃないかと。ちなみに私は将来的にこの記事(天明大噴火)をさらに加筆し、GAを目指すことも考慮に入れてはいます。ただし現状ではDoraemonplusさんがおっしゃったように、出典の書き方に問題があるので時間をかけて修正していきたいところではありますね。まだまだ書くべきことは山ほどあると考えていますし。ところで、Doraemonplusさんが全面加筆されていた福井地震を拝見しましたが、あの記事は素晴らしいですね。差し支えなければいずれはGAに推薦してもよろしいでしょうか?ここは査読依頼ページなのであまり天明大噴火の記事に直接関係のない話をするのも良くないとは思っているのですが、私が今後天明大噴火の記事を編集する上で、Doraemonplusさんの福井地震の編集を参考にしたいと考えましたので、是非これについてはご意見をお聞かせください。--鰻丼会話) 2022年1月3日 (月) 17:31 (UTC)[返信]
そうですね、極力、ウェブよりも書籍を主要な出典として執筆することですかね。
  • ウェブ出典の利用を控えるべき理由の一つは、メンテナンスの煩雑さを減らすためです。執筆してから年月が経つと、外部サイトがリンク切れを起こしたり、サイトが移転してURLを見失ったりすることが時々あるため、その調査・修復作業を定期的に行う必要が生じます。この修訂作業は、外部出典リンクが多ければ多いほど面倒ですし、最悪の場合、出典としたページがアーカイブサイトに保存されてなく、代替情報源が用意できないこともあり得ます。福井地震の記事でも先日、リンクの調査・修復作業を実施しましたが、結構な労力を要する作業でした。その点、出典が書籍であれば、リンク切れの心配は御無用です。
  • もう一つの理由は、書籍には主題に関する情報が一冊で包括されていて、一般にウェブと比較して内容が濃く、信頼性も高いため、出典に使える記述を見つけやすいことが挙げられます。本文はもちろん、目次や索引、さらには巻末や章末に参考文献リストが掲載されている文献もあるので、追加的な文献調査の助けにもなります。また、長大な文献の場合、画面スクロールよりも紙のページをめくって読む方が、(好みは人によりけりですが)私の場合は楽に感じます。目にも優しいです。記事「福井地震」では、災害教訓の継承に関する専門調査会報告書「1948 福井地震」の冊子体をベースに改訂稿を書き上げました。複数のファイルに分割されているPDF版とは違って、冊子体は文字通り一冊なので、出典の参照ページ番号を示しやすいです。浅間山大噴火に関しても、同「1783 天明浅間山噴火」の冊子体が出ているはずですので、お近くの図書館で入手可能なら利用してみてください。出典表示が容易です。
以上の意見は、ウェブ情報源を出典に使うな!と申し上げているのではなく、最新の出来事や、一時的、流動的な出来事に強いウェブ情報源と、恒久的、歴史的な事実や見解に関して揺るぎない書籍情報源と、その中間的な新聞・雑誌情報源を上手に使い分けると、バランスのとれた記事に仕上がるのではないかと愚考した次第です。
記事「福井地震」のGA選考への推薦は、他の数々の選定済み記事に比べれば依然、粗末な内容ではありますが、編集に携わった一員として、今後の内容改善のためにも歓迎したいと思います。選考の過程で足りないところをご指導ご鞭撻いただければ、なお有り難いです。--Doraemonplus会話) 2022年1月5日 (水) 14:40 (UTC)[返信]
  • コメント現地で無量院や鎌原観音堂嬬恋郷土資料館を見学したことがあり、資料館でいろいろ書籍を購入しました。(書籍節に挙げられているものも含めて。買いすぎて読んでない)
  • 大きな話として「ウェブよりも書籍を主要な出典として執筆」すべきというのは同感です。そうした情報源は記事主題について包括的であるがゆえに、主題について詳述するうえでのバランスがとれるでしょう。それに比べると、断片的なウェブ情報をツギハギだと、おかしなバランスに陥る可能性があります。記事は、丁寧に詳述される部分とガバガバな部分が入り乱れているという感じはします。(その他諸々についてはDolaemonplusさんが詳述してくださっていますから割愛します。)
  • その「ツギハギ」感は節構成にもあらわれているように思います。つまり、前半の「噴火の経過」あたりはわりあい体系的ですが、その後の各節は話題が散り散りで非体系的・断片的という印象です。
  • 『嬬恋村史』上巻では自然誌の観点から「天明三年の噴火の経過」が約3ページ、下巻では人文史の観点から「浅間山噴火」という章が約46ページ(大半が天明3年噴火に関する事柄)、ついで「天明三年浅間山噴火覚書」約7ページがまとまっているほか、各所に噴火に関する記述があります。『長野原町誌』では上巻で4-5ページ、下巻に約30ページ。『吾妻郡誌』『原町誌』でも似たような感じです。ただしどれも半世紀かそれ以上古い書籍ですから、記事で採用されている「田村・早川1995」や「井上2009」によって資料批判・更新される事柄もあるでしょう。
  • これらの諸書籍を眺めると、「天明3年の噴火」の話を始める前に、地理・地形の説明や以前の火山活動を概観するのが定番という感じがします。それによって、ある日突然何の前触れもなく噴火したというわけではないことがわかります。たとえば『村史』では、1770年から1782年(噴火の前年)までに、溶岩ドームが30メートルほど成長していたことが記されています。それにより火砕流が鎌原に向かう羽目になった事情も示唆されます。
  • 「記録」節の「噴火開始の記録」ですが、そこで示されている2つの史料のうち、2つ目の無量院住職手記には、本当は「天命三卯四月日初に焼出」と記されているはずです。『嬬恋村史』は、史料ごとに記録の不一致があると指摘した上で、無量院住職手記に「拠るべき」としています。おそらく注5にある「4月8日とするのは誤記」というのがこの手記を指すのだろうと思いますし、最近の学者がそう言うならばそれでよいと思います。が、『嬬恋村史』をみてしまうと、「本当は住職は4月8日と記録しているのに、9日と記録したかのように書いちゃうのはどうなの」という感じはします。ここは原本にしたがい「八日」としたうえで、注を使って「8日と書いてあるけどこれは誤記で実際は9日だったと学術的に判断される」みたいなことをノートすると理想的だと思います。1995や2009にそこまで詳述されていないなら仕方がありませんけど。
  • なお『村史』にしたがえば、住職の手記原文はこうです。
    • 「天命三卯四月九日初に焼出し煙四方に覆、大地鳴ひゝき、戸障子ひびき地震の如し。」
  • 下線部が脱落しているように思われます。(田村早川1995が正しく、『村史』が間違っているという可能性もありますね)
  • 『村史』では7/8以降の8月の日付についてもいちいち記されています。
  • まあこんな感じで、細かく詳しくやりだせば「噴火の記録」だけで一記事つくれるぐらいでしょうし、どこかで切り上げるというのでよいと思います。
  • 噴火による火砕流/火山屑流/泥流(以下「火砕流」と略記)についての記述は、あまり詳しくないと感じました。町村史誌では、火砕流は大まかに言うと3本にわかれ、東に向かった「分去泥流」、中央で鎌原を襲った「鎌原泥流」(≒鬼押出溶岩流)、西に向かい大前を襲った「大笹泥流」に大別されています。そしてそれぞれの方面について、地区別に状況や被害が詳述されるという感じです。
  • 記事では「一部は○○した」程度しか説明されておらず、ガバッとした感じで、そこらへんの地理的な細かい話には興味がないという印象です。(それはそれでいいとは思いますが、にしては「文月浅間記」や鎌原村の記述だけが詳しく、全体としてのバランスを欠いているとは感じます。)様々な被害についても記事はざっくりしか書いていません。いわゆる溶岩流・火砕流による被害と、巨大な岩がぶっ飛んできて地面を抉ったり粉砕したりしたという被害と、吾妻川の泥流とかの瞬間的なのと、火山灰が積もって農地がやられたとか、いろいろあるわけです。
  • このあたりは地理的な要素が強いので、地図がないと読者にはわけがわからないでしょうねえ。
  • 被害の概要では死者1624とあります。その直後に「鎌原村の大被害」節があり、その次はもう「その他の地域」になっていて、ぱっと見の印象として鎌原で477死んだのはわかりますが、あとの1100はどうした?という感じがします。様々な文献では、地区別の内訳を示したり、死者数に関する史料毎の異同についての検討をするのが定番という感じです。
  • 現地には、「これが噴火で飛んできた大岩です」とか「火砕流で流失して行方不明になった寺の鐘が数百年後に離れた場所で見つかった」とかの話が多数あります。全部書けばきりがないですが、いくらか紹介してもいいかなと思います。
  • 各町村史だけでも数十ページを割くようなテーマですし、藩政時代の記録が膨大にあり、全部書けばとんでもない文量になります(今回、私は噴火に絞った書籍を開いていないです…きりがないので)。あとはどうバランスをとりながらまとめるかですね。----柒月例祭会話) 2022年1月8日 (土) 12:59 (UTC)[返信]
返信 (柒月例祭さん宛) 入念な査読、誠にありがとうございます。㭍月例祭さんは、現地で無量院や鎌原観音堂嬬恋郷土資料館に実際に行かれているのですね!すごいですし、羨ましいです!私も行ってみたいと思ってました。私も現地調査とかすごくやってみたいんですが、普段勉強などで忙しいのでなかなか時間が取れず、そのためにウェブ情報源が中心となってしまったという感じです。なのでいつか無量院や鎌原観音堂嬬恋郷土資料館やんば天明泥流ミュージアムなど、浅間山噴火に関する施設に実際に行き、パンフレットや資料を集めて加筆してみたいです!--鰻丼会話) 2022年1月8日 (土) 15:52 (UTC)[返信]
今回私が示した文献は、いわゆる郷土資料でして、歴史的・人文的な記述に適します。「伝承」と「事実」の区別も必要と思います。別角度からは、火山学とか地質学とか気象学の系統の専門書・論文もあるでしょう。[1]を基に「と言えよう」と書いてありますが、これは語尾・表現をいくらか変えたほうがいいでしょう。執筆者の「巽好幸」氏は専門家と呼んでよい経歴のように思いますが、この方はこういう言い方はしていません。(飢饉について「一説によるとこの大飢饉による死亡者は数十万人にも及ぶという。」と書いていることからも、この方は理系的な火山活動に関する専門家ではあるかもしれませんが、近世の歴史事象に関する専門家(歴史学者)ではないのかもしれません。理想的なのは、その「一説」を唱えている人物・情報源に直接アクセスすることです。)
最終的にどの水準を目指すにかもよりますが、いずれにしても大きく広いテーマだと思うので、長い時間をかけていいと思います。がんばってください。現地訪問は、そういう長い時間の作業をするためのモチベーションを高めます!が、まずは目の前の勉強に集中なさるほうがいいのかも・・・--柒月例祭会話) 2022年1月11日 (火) 14:09 (UTC)[返信]
返信 (柒月例祭さん宛) コメントありがとうございます!ノート:天明大噴火#現地調査を行ったことの報告でも情報共有を行ったとおり、私は先日(1月10日の月曜日)に、浅間山麓に去年新しくオープンしたやんば天明泥流ミュージアムに行き、浅間山の天明大噴火について現地調査を行ってまいりました。本当は鎌原観音堂や嬬恋郷土資料館とかにも行きたかったかったんですが時間がありませんでした。それはさておき、その現地調査によって新たに色々得られた情報もありますので、今後の編集に活用したいです。また、昨日は渡辺尚志さんによる「浅間山大噴火」という本を購入しましたので、この本を参考文献に追加致しました。今後も、この噴火に関する書籍を色々買って出典にしたいと考えています。あと、㭍月例祭さんが指摘した点についていくつか。まず、鎌原での死者477人以外の犠牲者約1100人は、おそらく天明泥流による吾妻川・利根川流域での被害によるものがほとんどであろうと存じます(ほとんどは上野国の人々ですが)。また、おっしゃる通り浅間山噴火が天明飢饉やフランス革命などに影響を与えたという説は浸透してはいますが、同年にアイスランドのラキでも噴火があったなど複合災害であったことを考えれば、表現については今後修正していく必要がありそうですね。…とまあ確かに細かくいえば今後時間をかけて修正していくべき箇所はあるかと考えます。そして「最終的に目指す水準」に関してですが、いずれはGA(良質な記事)にすることが目標です。現状でも、出典の提示度や内容の豊富さの観点で言えば選考は通過しそうな気がしますがどうでしょうか?流石に秀逸な記事(FA)にはまだ早すぎるとは言え、良質な記事の通過基準はおおよそ満たしているのではないかと思います。柒月例祭さんは多方面の記事執筆でご活躍されているようで、GAを多く受賞されているようですが、この記事のレベルはどう評価されますか?--鰻丼会話) 2022年1月12日 (水) 10:38 (UTC)[返信]