Wikipedia:バベル 日本語の方言/参考資料

参考資料

方言

方言(ほうげん)とは、あるひとつの言語の中の亜種・変種のことである。言語は非常に変化しやすいものなので、地域ごと、話者の集団ごとに必然的に多様化していく傾向があり、発音や語彙に相違が生じ分化していくものである。そのために、別言語には分化しておらず同じ言語と認められるものの、部分的に他の地域の言葉と異なった特徴を持つようになったものを方言と呼ぶ。また、方言には同一地域内にあって、社会階層の違いによって異なる変種もある。方言話者同士が会話する場合は、ある特定の方言そのもの、あるいはその方言を元にして新しく作られた共通語を使用してきた。

近代、国民国家形成にかかわる標準語優先政策[編集]

近代に至ってフランス型の標準語政策は国民形成、国民統合と国民国家建設に欠かせない要件として世界中の国々に受け入れられていく。

日本の方言に対する政策[編集]

明治時代以降、日本では学校教育の中で標準語を押し進め、方言および日本で話されていた他の言語を廃する政策がとられた。これにより方言を話す者の劣等感、または差別がみられた。一方、現代でも、東京に生活する東北地方出身者が東京弁を使うのに対し、関西地方出身者が関西弁のままであることが指摘される。しかし現在では、テレビ・ラジオにおける標準語使用の影響により、その土地の方言を話せる人口はかつてと比べて確実に減っている。特に若者の間でその傾向が著しい。方言アクセントは若者においても比較的保持されているが、語彙のレベルでは世代を下るに従ってはっきり失われる傾向にある。

日本語の方言[編集]

日本でも、沖縄県の人々の言葉は本州の人々の言葉と同系統であると認められる(言語学上、弥生時代ごろ分岐したと推定される)が、「沖縄方言」として日本語の方言に位置付けるか、「琉球語」として日本語と同系統の別言語に位置付けるかは政治的な問題・事情と関連する場合もあり、判断する人によって違いがある。ただし、言語学の分析では明らかに日本語と別系統の言語と認められるアイヌ語は、たとえ日本国内で日本語に取り囲まれて話される言語であっても、方言と呼ぶことはできない。

日本では方言という語は標準語とは異なる地方ごとの語彙や言い回しなどを指して使う場合も多いが、この様な語彙の事は「俚言」(りげん)といい、方言の一構成要素である。日本語の各方言はもっぱら口頭の表現に使われ、文字に書き表わされることは、方言詩や民話集などの例を除けば、非常に少ない。そのため、方言は非常に失われやすい存在といえる。

方言における特徴[編集]

前述のとおり、中央集権化が強まった場合や、政策上の理由で統一された言語を公用語、あるいは共通語などに指定される場合などは、方言独自の語彙やアクセントは、世代と共に均一化されていく傾向にある。

特に現在の日本では、東京中心で全国に向けて送信、又は、配給される、テレビラジオの番組、映画などのマスコミによって、年代特有の言い回しは方言ではないので別としても、方言が駆逐され、共通語(現在の日本には、一般にいうような厳密な意味での「標準語」は存在しない。)に統一される傾向にある。ただし、現在のこの傾向が、必ずしも政治的な意図の元で行われているとはいえない。

日本の、地方の方言には「万葉言葉」または「万葉方言」等と呼ばれる方言が多く存在する。多くは大和時代から平安時代にかけ、当時の行政機構で使用されていた言葉が、中央から地方、又は地方から中央へと広がったものと思われるが、その多くは万葉集などに使われる言葉に酷似している事が多い。

民族や遺伝子的観点に於いては、沖縄県人とアイヌ人は近いとはいわれているが、前述のとおり、沖縄県の各方言、琉球語は、日本語の方言ともいえるが、アイヌ語は明らかに日本語とは系統が異なる。

古代日本に於いて、弥生人が日本全土に広がるにつれて、混血しつつも本来の日本に於ける先住民であったとされる縄文人が南北に押しやられる段階で、(アイヌ人については、よくわかっていないが)日本では、沖縄県人の先祖が先に枝分かれしてしまい、現在のように(北九州か近畿地方かは知らないが、日本人の祖先との)往来も少なくなるうちに、5母音が3母音化する(例;おきなわ=うちなあ)などと、一聴する限り、外国語のように聞こえてしまうこともありうる程度の差が生じたと見られる。次いで、九州地方や東北地方などに住んでいる人々の祖先が押しやられてしまったといわれている。これも、文字や共通語で統一されてこなかったなら、ネイティブの古老同士が話すにあたって、通訳が必要なくらいの言語学的差異があるといえる。

イギリススコットランド北アイルランドでの英語表現にも一部そういった例があるが、例えば、日本に於いて、早い段階、つまり、古い時代に枝分かれした方言は、その地方独自の語彙や言い回し表現が生まれると同時に、中央(その時代の共通語や標準語に相当する地方)で死語や廃語になった言葉が、(意味や使い方が変わったとしても)千年以上も生き残っているケースも少なからずある。 例えば、北海道の一部の海岸地帯や東北のある県では、古典にしか出てこない「せば」という言葉が時々中年齢層の人から聞かれる。

柳田国男が蝸牛考で指摘したように、中央から同心円状に同じような語彙や言い回しが存在し、辺境に行くほど中央で古い時代に使用されていたものが分布していることがある。このような分布を周圏分布といい、カタツムリを表す単語などがこの分布を示している。 逆に、周圏分布を示さない例や、見かけ上の周圏分布を示すものも多くあり、特に文法現象や音声についてはこのような分布を示すものが多い。

共通語

共通語(きょうつうご)とは、ある地域ないし集団間で共通に使われる言語をいう。実質上標準語と同義語として用いられているが、言語学的な定義は異なる(これについては標準語の項参照)。

共通語はその位相によって以下の二種に分かれる。

地域内の共通語[編集]

ある地域内で、誰でも共通に理解しあえる言葉を共通語という。英語common languageの訳語。例えば、東北方言話者と沖縄方言話者がそれぞれの方言で会話しようとすると相互理解が困難であるが、どちらにもよく知られている東京方言を話せばお互いの意思疎通を容易にすることができる。

日本においては、共通語は日本語共通語)である場合が圧倒的に多い。これは明治期に、地方ごとのさまざまな方言の差異を超えて、多くの人々が簡便に理解できるという観点から、東京山の手方言(主に江戸時代の武家階級が用いた)を基礎にした整備されたもので、筆記言語においては大半の場合に、口頭言語においてはテレビ、ラジオ、映画、一般的な演劇、などでひろく使われている。

標準語

標準語(ひょうじゅんご、Standard language)は、ある民族共同体国家組織、場などで標準となる言語

定義[編集]

類似のものに共通語があるが、厳密には同じものではない。

共通語がその地域内で意思疎通を行うための便宜的な言葉であるのに対して、標準語とは人為的に整備された規範的な言葉を指す。また、これをさらに拡大して、標準語とは「こうしゃべる/書くべきである」という規範であり(ゾレンとしての共通・標準言語)、共通語は標準語を念頭におきつつ「実際こうしゃべって/書いている」という実状である(ザインとしての共通・標準言語)、という考えかたをとる場合もある。後者の説によれば、標準語とはすべての人が共通して持つ規範(標準)であり、しかし実際には誰ひとりそのとおりにしゃべっている(しゃべることのできる)者はいない、形而上的な共通・標準語であるといえる。

日本語においては、もともと共通・標準となる日本語のかたちを標準語という用語によってあらわしていたが、ある時期から共通語に言い換えられるようになった。これは上記のような言語学的・国語学的定義とはまったく無関係に、「標準」という言葉に強制のニュアンスがあるという理由によって、主に教育関係やマスコミにおいて用語の交代が行われたものであるから、注意を要する。

歴史[編集]

歴史的には国民国家成立時に方言および少数言語を廃止するため、主方言または主言語を元に国語として作成、強制使用されてきた。特にフランス絶対王政時に打ち出したされたフランス語の標準語化政策において顕著である。

日本の標準語[編集]

日本語においては明治山の手ことばを基礎にして「標準語」を作成する政策がとられ(これは主に官公庁の発行する各種の文章というかたちで実施された。そのうちもっとも代表的で、革新的――非文語的であるという意味で――であったのは、小学校における国語の教科書である)、これに文壇における言文一致運動が大きな影響を与えて、現在の標準語の基が築かれた。

明治以降、このような国家的営為としての標準語作成政策がなかったことをもって、現在の日本語には厳密な意味での「標準語」は存在しないとする説もあるが、これはやや狭隘な見方にすぎると思われる。国家を超えた、より広い社会全体、文明全体の営為として、日本語のあるべきすがたについて一定のコンセンサスが形成されてゆく過程は、大正以降も見られ、規範意識としての標準語は、ある程度固定したかたちでわれわれの意識のなかにある。

ただし日本語の標準語の大きな特徴は、それが圧倒的に書記言語偏重であることであって、口頭言語については、発音、イントネーション、アクセント等の面でまだ固定した規範が完全に成立しているとはいいがたい。かつてはNHKアナウンサーは、この「教科書のための言葉」に近い日本語を話すとされたが、現在はかならずしも実状に沿っているとはいいがたい。

このような書記言語偏重は、日本語の標準語形成期に音声メディアが未熟であったこと、江戸時代から識字率が高く日本語が伝統的に筆記言語をおもんじる伝統を持っていたこと、言文一致運動が小説を書くための文章をつくるという目的意識に支えられていたこと、などがその理由としてあげられる。