病原性大腸菌

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大腸菌の電子顕微鏡写真

病原性大腸菌(びょうげんせいだいちょうきん)とは、特定の疾病を起こす大腸菌菌株の総称である。毒素原性大腸菌[1]とも呼ばれる。細菌学的には、菌の表面にある抗原(O抗原とH抗原)に基づいて細かく分類される[2]。このなかで、O111やO157は100人を超える規模の食中毒をたびたび発生させることがあり先進国で問題となっている[3]

概要[編集]

大腸菌は通常病原性を持っていないが、病原因子をコードした遺伝子(病原性遺伝子)を獲得すると病原性を持った大腸菌になる。病原性を持たない常在細菌の大腸菌と下痢原性大腸菌は、生化学的性状では区別できないため、下痢原性大腸菌の検査は毒素産生性の確認などの病原因子の検出が必要になる[4]。血清型 O抗原とH抗原 の組合せで表現され、184種類のO抗原と53種類のH抗原が明らかになっている[4]。保有している遺伝子により産生される毒素は異なるが、重篤な中毒症状を起こすベロ毒素が有名である。また、O157抗原を有する大腸菌が常にベロ毒素を産生するとは限らない[2]

細菌像[編集]

1996年大阪府堺市食中毒事例を発生させたO157の全遺伝子配列(ゲノム)は宮崎大学の研究グループにより決定された[5]。この解析結果によれば、非病原株(K-12)のゲノムサイズ 4.6 Mb に対し O157のゲノムサイズは 5.5 Mb である。しかし、4.1 Mb の領域の配列は同一で塩基レベルでは 98.3% の同一性を示している。O157に特異的に存在している領域は、無規則に生じたものでは無く大腸菌以外に由来する外来性DNAで、バクテリオファージにより獲得したものである[5]

疫学[編集]

腸管内での病気の原因となる腸管内病原性大腸菌(下痢原性大腸菌)と腸管外での病気の原因となる腸管外病原性大腸菌に大別される[6]。腸管内病原性大腸菌は下記の6種類が知られているほか、出血性と凝集性のハイブリッドの存在も報告されている[6][7]

腸管内病原性大腸菌
  • 腸管病原性大腸菌(EPEC, enteropathogenic Escherichia coli) 小腸に感染して下痢腹痛等急性胃腸炎をおこす。
  • 腸管侵入性大腸菌(EIEC, enteroinvasive E. coli) 大腸に感染して赤痢様の症状をおこす。
  • 毒素原性大腸菌(ETEC, enterotoxigenic E. coli) 小腸に感染し下痢をおこす。増殖の際、毒素を産生する。
  • 腸管出血性大腸菌(EHEC, enterohemorrhagic E. coli) 腹痛、下痢、血便をおこし、ベロ毒素産生により溶血性尿毒症症候群(HUS)、脳症をおこす。
    • 腸管出血性大腸菌には、O26、O111、O157(E. coli O157:H7)などが存在する。
  • 腸管拡散付着性大腸菌(EAEC, enteroadhesive E. coli)
  • 腸管凝集性大腸菌(EAggEC, enteroaggrigative E. coli) O104
腸管外病原性大腸菌
  • 尿路病原性大腸菌(UPEC, uropathogenic E. coli) 単純性尿路感染症(膀胱炎、腎盂腎炎)[8]
  • 髄膜炎/敗血症起因大腸菌[9] 髄膜炎、敗血症

注目されることとなった経緯[編集]

  • 1940年代 英国で、乳幼児下痢症と大腸菌の関連が疑われていた際に、現在の血清型O111 が病原菌としてつきとめられた[10]
  • 1967年 コレラ毒素に類似したエンテロトキシンを産生する大腸菌が最初に見いだされた。
  • 1970年 60℃、10分の加熱で失活する易熱性エンテロトキシン(LT)と100℃、30分の加熱に耐える耐熱性エンテロトキシン(ST)の2種類のエンテロトキシンが発見された[10]
  • 1982年 米国のオレゴン州とミシガン州で発生したハンバーガーによる中毒[10]
  • 1985年 旅行者下痢症からEPECではないがEPECと類似の付着特性を持った菌(血清型O78:H33、菌株名211株)が分離された。
  • 1996年平成8年)5月28日 岡山県邑久郡邑久町(現在の瀬戸内市邑久町)の学校給食に起因するO157食中毒事件を、岡山県保健福祉部環境衛生課が発表した際に、マスコミを通じて O157の名称が知られるようになった。

統計[編集]

厚生労働省が発表した統計[11]年次別食中毒発生状況によれば、

年次別食中毒発生状況(病原大腸菌)
年次 病原大腸菌 腸管出血性大腸菌 その他の病原大腸菌
1975年 22 -- --
1980年 21 -- --
1985年 34 -- --
1990年 19 -- --
1995年 20 -- --
1996年 179 -- --
1997年 176 -- --
1998年 285 16 269
1999年 245 8 237
2000年 219 16 203
2001年 223 24 199
2002年 97 13 84
2003年 47 12 35
2004年 45 18 27
2005年 49 24 25
2006年 43 24 19
2007年 36 25 11
2008年 29 17 12
2009年 36 26 10
2010年 35 27 8
2011年 49 25 24
2012年 21 16 5
2013年 24 13 11
2014年 28 25 3
2015年 23 17 6

感染対策[編集]

等の糞便等から検出され、食肉が汚染されることが多い。感染している牛は無症状である。汚染防止のため食肉生産および加工の現場では多くの汚染防止対策が取られている。環境中での生存期間が長く、堆肥中で21ヶ月生存したとの報告があるほか、レタスなどの葉に付着後は2週間程度生存している。また、8℃以下では殆ど増殖しないが、12℃以上では3日間で100倍に増殖したとの報告がある[6]

腸管出血性大腸菌に対する特有の予防法は無く、一般的な食中毒の予防方法と同様である。

  1. 食材は食べる直前まで十分に(8℃以下)冷やしておく。
  2. 食器(箸)は未加熱食材用と加熱済み用を分ける。
  3. 加熱に弱い菌であるため、肉を使用する食品は、その中心温度を75℃以上且つ1分以上の加熱をする。

などが、食中毒を防ぐために有効である。しかし、既に食品中に蓄積された毒素は100℃ 30分間の加熱では分解されないため、加熱は食中毒の対策にはならない。

出典[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 竹田美文、『腸炎ビブリオ・毒素原性大腸菌・腸管出血性大腸菌・コレラ菌 (PDF) 』 モダンメディア 2012年10月号(第58巻10号)
  2. ^ a b O抗原とは 国立感染症研究所
  3. ^ 林哲也、戸邉亨、「病原性大腸菌」 化学と生物 Vol.42 (2004) No.11 P.758-764, doi:10.1271/kagakutoseibutsu1962.42.758
  4. ^ a b 下痢原性大腸菌の検査法 (PDF) 千葉県感染症情報センター
  5. ^ a b 林哲也:ゲノム解析から見た大腸菌ゲノムの可塑性 環境変異原研究 Vol.27 (2005) No.2 P117-118, doi:10.3123/jems.27.117
  6. ^ a b c 山崎伸二、密接にかかわる腸管出血性大腸菌の病原性と生存戦略—ドイツの腸管出血性大腸菌O104食中毒から見えてきたこと 日本食品微生物学会雑誌 Vol.31 (2014) No.3 p.139-143, doi:10.5803/jsfm.31.139
  7. ^ 下痢原性大腸菌感染症 国立感染症研究所 2000年第50週(12月11日~12月17日)掲載
  8. ^ 山本新吾、尿路病原性大腸菌における病原因子の研究 日本細菌学雑誌 Vol.58 (2003) No.2 P431-439, doi:10.3412/jsb.58.431
  9. ^ 加藤廉平ほか、Levofloxacin 耐性大腸菌により経直腸的前立腺生検後に敗血症ショックに陥った1例 泌尿器科紀要 56巻8号 p.453-456, hdl:2433/123563
  10. ^ a b c 病原性大腸菌 (PDF) 食品安全委員会
  11. ^ 食中毒事件一覧速報 厚生労働省

関連項目[編集]

外部リンク[編集]