iiyama

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iiyamaの液晶ディスプレイ

iiyamaは、株式会社マウスコンピューター液晶ディスプレイのブランド名である。

かつては東京都千代田区に本社を置いていたパソコン機器メーカーであった。旧社名は株式会社イーヤマ。2006年1月にMCJグループに属し、2008年10月にヨーロッパに本社機能を移転し、株式会社iiyamaはグループ会社のマウスコンピューターに吸収合併された。

概要[編集]

1972年3月、長野県飯山市飯山電機株式会社として設立。三菱電機京都製作所長野工場の下請けとして、当初は白黒テレビ基板を作っていた。その後、カラーテレビの基板、テレビの完成品も作るようになる。のちの主力商品になる、パソコン用ディスプレイのOEM製造を、1981年より開始。自社ブランドでも発売を開始したものの、マイナーブランドの域を出ていなかったが、当時30万円以上していた17インチCRT市場で298,000円の価格設定をしていた自社のMF-8217を128,000円に値引きし販売を開始。それまで14インチあるいは15インチに留まっていたCRTモニタ市場で17インチ、そしてそれ以上の大型モニタが普及する先鞭をつけ、メジャーブランドとなる。その後も廉価で性能も充実した製品を発売し続け、1994年iiyamaをグループ共通のブランドにした。1995年より、パソコン本体の製造も始めた。

2001年、飯山電機をイーヤマ(旧アイデック上越)が吸収合併し、社名を株式会社イーヤマに統合、本社を長野市へ移転する。
同年に製造部門と修理サービス部門を分社化し子会社化する。創業敷地内の製造工場が、その子会社の修理製造部門にあてがわれた。
イーヤマは昭和47年3月にエポック産業として新潟県新井市で設立された。
しかし経営不振により、昭和55年6月にカラーテレビのOEM製造を手掛けていた飯山電機の傘下に入った。
その後、エポック産業は社名をアイデック上越に変更、更に平成9年にイーヤマに変更した。
そして、平成13年4月にイーヤマが飯山電機を吸収する形で合併した。

しかし、低価格販売が売りだったことから売り上げに反して業績は思わしくなく、2005年11月7日民事再生の申し立てを行なった。経営再建にあたり、BTOパソコンメーカーであるMCJの支援を受け入れることになり、MCJは2006年1月24日に子会社であるイーヤマ販売の全株式を取得した。

2006年2月1日、本社を東京都中央区に移転し、社名を株式会社iiyamaに変更。イーヤマおよび国内外子会社の営業権譲渡と株式譲渡を受ける。2006年3月27日には、本社をMCJと同じ東京都千代田区のビルに移した。その後、株式会社iiyamaとして業績を回復したものの、国内生産を行っていたタッチパネルディスプレイ等の産業用ディスプレイ事業の伸び悩みに伴い、2008年7月、株式会社iiyamaの産業用ディスプレイ事業は東京特殊電線に事業譲渡された。

2008年10月、iiyamaグループの本社機能をiiyama International(オランダ)に移転し、株式会社iiyamaは、MCJのグループ会社、株式会社マウスコンピューターに吸収合併され、解散に至った。 株式会社iiyamaの長野県飯山市の飯山事業所は、株式会社マウスコンピューターのパソコン製造工場及び従来のモニター修理工場として継続している[1]

2013年10月からは、同じMCJ傘下のユニットコムが発売するパーソナルコンピュータのブランド名としても「iiyama」が使われているが、ロゴは別デザインとなる(2015年にリニューアルし、ディスプレイのものに似たデザインとなる)。

脚注[編集]

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注釈・出典[編集]

  1. ^ MCJ 2008年3月31日付プレスリリース

外部リンク[編集]