G. M. ナイル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
G.M.ナイル
ゴパーレン・マダワン・ナイル
生誕 (1944-08-06) 1944年8月6日(77歳)
日本の旗 日本茨城県
職業実業家
タレント
東京農業大学非常勤講師
配偶者あり
公式サイトG.M.ナイル

G.M.ナイルことゴパーレン・マダワン・ナイル(1944年8月6日 - )は、インド国籍を持つ日本生まれのインド人実業家タレント東京農業大学非常勤講師。

人物・来歴[編集]

生い立ち[編集]

第二次世界大戦中の1944年、インド独立運動家のA.M.ナイルの次男として、母 由久子の実家の茨城県で生まれた[1]。第二次世界大戦終結後の1947年8月にイギリス領インド帝国が独立しインド共和国の国籍となるが、その後も日本にとどまる[2]

ナイルレストラン[編集]

1968年に東京農業大学畜産学科を卒業したのち、1970年の大阪万国博覧会のインド館で働いた後、父ナイルが東京都中央区銀座に開いたインド料理専門店「ナイルレストラン」の経営を引き継ぎ、またナイル商会の役員として引き継ぎ日本にインド料理を紹介する。

タレント[編集]

またその独特のキャラクターが買われて、1970年代以降テレビタレントとしても活躍する。浅井企画に所属し、テレビラジオ雑誌等に出演し「日本語がペラペラのインド人、ナイルさん」と親しまれている。「インド人、嘘つかない」というフレーズはG.M.ナイルが始めたネタであり、よく知られている。

「ナイルレストラン」経営の傍、上記のようにテレビタレントや母校の東京農業大学の非常勤講師、講演活動などを行った。また、江戸浄瑠璃清元節河東節の公演にも参加している[3]

現在[編集]

タレントとしてテレビやラジオで活躍しつつ、「ナイルレストラン」は2018年に長男のナイル善己[4]が三代目として引き継いだが、今でも週数回は銀座の店舗に顔を出す。

2020年10月頃に知り合いの女性に性加害を行ったとして、同年12月より強制わいせつ容疑で捜査が行われ、2021年7月に書類送検されたことが、2022年4月14日発売の『週刊新潮』の報道で明らかとなった[5]。これを受けて翌15日にナイル善己が自身のTwitterアカウントにて謝罪するとともに、善己が引き継いで以降、店舗運営や調理に関わっていなかったとはいえ役員として名を連ねていたことからG.M.ナイルの取締役解任を発表した[6]。18日には所属する浅井企画が公式サイトで「重大な契約違反が判明」したとして、同日付で「G.M.ナイルとのマネジメント契約を解消する」と発表した[7][8]

趣味[編集]

  • 警察好き」として知られ、「警察資料館」を私設している。全国の警察で講演も行っている[9]
  • キャデラックを乗り継いでおり、「ヤナセライフ」にも数度に渡り取り上げられている。

著書及び共著[編集]

関連書籍[編集]

出典[編集]

  1. ^ 『知られざるインド独立闘争—A.M.ナイル回想録(新版)』 河合伸訳、風涛社、2008年 ISBN 978-4-89219-306-4
  2. ^ 産経新聞 2002年5月21日
  3. ^ 『銀座ナイルレストラン物語 日本で最も古く、最も成功したインド料理店』P-Vine Books: 水野仁輔、G・M・ナイル
  4. ^ ナイル 善己 | 所属タレント | 浅井企画|タレント・芸人・文化人 芸能プロダクション
  5. ^ 態度が豹変し、無理やり… 「ナイルレストラン」名物オーナーの“性加害”を被害女性が告発,デイリー新潮,2022年4月13日
  6. ^ 性加害報道「ナイルレストラン」G・Mナイル氏 取締役解任 三代目が謝罪「即日解任致しました」,2022年4月15日
  7. ^ 所属タレントについてのご報告”. 浅井企画 (2022年4月18日). 2022年4月18日閲覧。
  8. ^ 性加害報道の「ナイルレストラン」2代目店主、所属の芸能事務所「浅井企画」をクビに,デイリースポーツ,2022年4月18日
  9. ^ G.M.ナイル | 所属タレント | 浅井企画|タレント・芸人・文化人 芸能プロダクション

関連項目[編集]

  • 関根勤 - タレント。1970年代から「ナイルレストラン」に足繁く通っており、浅井企画への橋渡し役となる

外部リンク[編集]