コンテンツにスキップ

阿倍粳蟲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

2023年4月10日 (月) 20:25; 240d:1a:f1:f00:545d:b8be:a79:6090 (会話) による版 (系譜: 『尊卑分脈』を適切な『公卿補任』に変更いたしました。)(日時は個人設定で未設定ならUTC

(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
 
阿倍粳蟲
時代 奈良時代前期
生誕 不明
死没 不明
別名 氏:安倍、名:粳虫、糠虫、糠蟲
官位 従五位上図書頭
主君 聖武天皇
氏族 阿倍朝臣
父母 父:阿倍嶋麻呂?阿倍広庭?
道守古美奈
テンプレートを表示

阿倍 粳蟲(あべ の ぬかむし)は、奈良時代貴族。姓は安倍、名は粳虫糠虫糠蟲とも記される。官位従五位上図書頭平城嵯峨両天皇の曾祖父。

出自

[編集]

各種系図では参議阿倍嶋麻呂の子とされるが[1]、従五位下の叙爵時期が嶋麻呂(天平12年(740年))より14年も早いことから父子関係には疑問がある。一説では中納言阿倍広庭の弟もしくは息子(嶋麻呂の兄)とする[2]

経歴

[編集]

神亀3年(726年従五位下叙爵聖武朝において、天平3年(731年)図書頭、天平5年(733年縫殿頭を歴任し、天平7年(735年)に従五位上に昇叙されている。中務大輔も務めたとされる。

官歴

[編集]

注記のないものは『続日本紀』による。

系譜

[編集]

子の道守(みちもり)の職は、『公卿補任』に記載はないが、安倍(土御門)の家伝によれば陰陽頭、従四位を任ぜられていたとのことである[6]。道守の子には畿内観察使兄雄主殿頭男笠、弟雄がいたとされる。安倍晴明高祖父。または高祖父の祖父。男笠の娘が藤原冬嗣に嫁ぎ、宇多天皇、醍醐天皇、一条天皇と代々の天皇から今上天皇迄が安倍道守の子孫である。 又道守の曾孫に藤原北家を代表する一族の良門流の祖の藤原良門がおり紫式部等多くの著名な人物が子孫にいる。

脚注

[編集]
  1. ^ 「安倍氏系図」(『続群書類従』巻第170所収)、「安倍氏系図」(『群書類従』巻第63所収)、『尊卑分脈』など
  2. ^ 宝賀[1986: 372]
  3. ^ 『尊卑分脈』
  4. ^ a b 『尊卑分脈』など
  5. ^ 鈴木真年『百家系図稿』巻5,阿倍
  6. ^ 公卿補任

出典

[編集]