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荒戸城

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荒戸城(荒砥城)
新潟県
荒戸城の土塁
荒戸城の土塁 地図
城郭構造 山城
築城主 上杉景勝
築城年 1578年(天正6年)
主な城主 深沢氏、登坂氏、富里氏、栗林氏
廃城年 1598年(慶長3年)、景勝の会津移封による。
遺構 本丸跡・二の丸跡・三の丸跡
曲輪・土塁・虎口・馬出し・堀切・竪堀・横堀
上杉軍道
指定文化財

新潟県指定史跡
1976年(昭和51年)3月31日

[1]
位置 北緯36度54分27.2秒 東経138度47分31.4秒 / 北緯36.907556度 東経138.792056度 / 36.907556; 138.792056座標: 北緯36度54分27.2秒 東経138度47分31.4秒 / 北緯36.907556度 東経138.792056度 / 36.907556; 138.792056
地図
荒戸城の位置(新潟県内)
荒戸城
荒戸城
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荒戸城(あらとじょう)は新潟県南魚沼郡湯沢町に存在した日本の城山城)。城跡は新潟県の史跡に指定されている[2][1]

歴史

  • 1578年天正6年)- 6月27日、御館の乱の際に、後北条氏の侵入を阻止するために上杉景勝が深沢利重・登坂与衛門尉らに命じて築城。
    • 8月、後北条勢、荒戸城を攻略し落城。
  • 1579年(天正7年)- 3月、景勝荒戸城を奪還する。
  • 1581年(天正9年)- 2月3日、景勝は、樋口与三右衛門兼重・冨里三郎左衛門らを城将に命じた。
  • 1598年慶長3年) - 景勝、会津移封により廃城。

概略

  • 所在地-新潟県南魚沼郡湯沢町大字神立字袖山~大字三俣字下峠。
  • 標高-789メートル
  • 樋口主水助(直江兼続の叔父、湯沢が知行地で居城跡が主水公園になっており、川端康成の文学碑が立っている。)
  • 主水山大岳寺(越後湯沢駅前)は、荒戸城で戦死した樋口主水助ゆかりの寺院。

アクセス

脚注

  1. ^ a b 「文化財」湯沢町公式HP
  2. ^ 新潟県の文化財一覧はこちら” (PDF). 新潟県 (2021年8月10日). 2021年12月1日閲覧。

関連項目

外部リンク