コンテンツにスキップ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

(まげ)は、朝鮮半島や日本など東アジアにおける伝統的な髪形のひとつ。髪を結う場合の最も基本的な形で、長髪を頭頂部でひとつにまとめて束ね、その上で様々な形に折り曲げたりたたんだりして結い上げた部分のことを指す[1]

朝鮮半島

[編集]
金弘道檀園風俗図帖』1780年
金弘道『檀園風俗図帖』より、書堂(寺子屋)。子どもたちの髪形は、長髪を垂らしたもの。

李氏朝鮮では、髷は儒教の教えと礼や格式を重視した精神を象徴するもので[2]、歴史的に既婚男性のみが髷を結い、その結い方は、長く編んだ髪を全て頭頂部に持っていき、うずたかく盛り上がるようにまとめるものだった[3]。未婚男性の髪形は長髪を長く垂らしたもので(総角)、結婚し冠礼の儀を行って成人になったことを周囲に示すために髷を結った[3]。伝統社会では既婚者と未婚者の間には厳格に差別があり、幼くとも結婚すれば髷を結って成人の扱いを受けたが、老いても未婚の者は差別的な扱いを受けた。そのため、既婚者であるかのように装って髷を結う者もいて、これを「コンサントゥ」と呼んだ[3]

髷の留め具には、金・銀・銅などで作られた「トンゴッ」と呼ばれる棒を差し、髪の毛が顔にかからないようにするために額には「網巾(マンゴン)」と呼ばれる馬の毛で作った鉢巻を巻いた[3]

髷は遅くとも三国時代には結われていたことが壁画の記録から判明しており、朝鮮時代には身分にかかわらず男性は髷を結うのが一般的であったが[3]、西洋文化を積極的に取り入れることを目指した国の施策により、1895年、男性は西洋式に髪を短く切ることになった[2]

諺には、髷にまつわる次のような表現がある[2]

  • 僧の髷
求めることが難しいものを意味する喩え。
  • 老人の髷が大きくてどうするのか、網巾の紐だけ締められれば十分である
中身があり相応であればよく、あえて大きく見せようとする必要は無い、という意味の喩え。

中国

[編集]

中国・集安にある5~6世紀の遺跡「三室塚」の壁画に、髷を結った力士の姿が描かれている[3]。この時代の集安は高句麗の支配下にあったが、この髷の形は朝鮮時代とは異なる[3]

日本

[編集]
力士の髷
日本髪の一例

日本でも、髷(まげ)は、髪を束ねたり結ったりして頭頂に髻(もとどり)をかたどった、男性の伝統的髪型で、女性では桃山時代に男性の髪型の影響により頭頂部で結い上げる髪型が生まれた[1]。江戸時代、様々な技巧が編み出され、髷が中心となり兵庫髷や大島田など華やかな髪型の、いわゆる「日本髪」が考案された[1]

日本髪は、髪全体を「鬢(びん)」「髱(たぼ)」「前髪」「髷(まげ)」の四つに区分し、中心の髷にそれぞれの毛先を集めて結い上げるのが基本形とされる[1]

種類

[編集]


関連項目

[編集]

脚注

[編集]
  1. 1 2 3 4 『世界大百科事典27』平凡社、1988年、22頁。
  2. 1 2 3 『韓国伝統文化事典』教育出版、2006年、141頁。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 『韓国伝統文化事典』教育出版、2006年、140頁。

参考文献

[編集]
  • 国立国語院(韓国)『韓国伝統文化事典』教育出版、2006年

外部リンク

[編集]