高橋徹 (ネットワーク研究者)

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高橋 徹(たかはし とおる、1941年1月 - )は、日本のコンピュータネットワーク研究者、実業家1990年代における日本およびアジアインターネット普及に貢献し、インターネット初期の商業的展開で重要な役割を演じた[1]。「インターネットの母」とも呼ばれる[1]

1941年に栃木県宇都宮市で生まれた。1964年に東北大学文学部哲学科美学美術史専攻を卒業したのち、編集者および執筆者として働いた。1982年からビデオテックスのマーケティングなどに関わり、1986年からUNIXワークステーションルータを用いた高速LAN構築事業を手がけた。1987年よりインターネットの研究を始め、日本Unixユーザ会理事に就任した。1993年には日本インターネット協会設立時の事務局長となり、1997年に会長となった。1994年にインターネットサービスプロバイダ東京インターネットを設立し、社長となった。2001年、日本インターネット協会が電子ネットワーク協議会と合併し「財団法人インターネット協会」に変わった際に副理事長となり、2002年にはアジア太平洋インターネット協会議長、のち理事となった[2]

2002年に情報通信月間の総務大臣表彰を受けた[2]。2012年にはインターネット協会(ISOC)[3]が発表した「インターネットの殿堂」(Internet Society's Hall of Fame) 33人のうち、唯一の日本人として選ばれた[1]。これは、インターネットをアジアに広めたことを高く評価したものである[4]

著書・訳書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c Singel, Ryan (2012年4月23日). “The Internet Gets a Hall of Fame (Including Al Gore!)” (英語). WIRED. 2012年4月28日閲覧。
  2. ^ a b 高橋徹は語る~高橋 徹の経歴”. インターネット戦略研究所. 2012年4月28日閲覧。[リンク切れ]
  3. ^ 日本の「財団法人インターネット協会」とは別個に存在する国際団体
  4. ^ 増田覚 (2012年4月27日). “「インターネットの殿堂」にVint Cerf氏ら、日本からは高橋徹氏が選出”. INTERNET Watch. Impress Watch. 2013年7月10日閲覧。

外部リンク[編集]