高木啓太郎

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高木 啓太郎
生誕 1916年1月1日
鳥取県東伯郡小鴨村(現在の倉吉市
死没 1997年10月11日
鳥取県倉吉市
職業 写真作家芸術家

高木 啓太郎(たかぎ けいたろう、1916年1月1日 - 1997年10月11日)は、日本写真作家美術家

写真、陶芸、書画を中心に、日本のみならず、欧米でも数多くの個展を開催するなど幅広く活躍した。

人物[編集]

  • 出版物、作品展などでは高木百拙(たかぎ ひゃくせつ)又は百拙庵(ひゃくせつあん)の名で活動していた。
  • 第207世・第208世東大寺別当であった清水公照と親交があり、啓太郎の作品にも多くの影響を与えた。
  • 清水公照の養子となった清水公庸(元・東大寺塔頭宝厳院住職、東大寺学園常任理事)は、啓太郎の三男である。

経歴[編集]

業績[編集]

出版物[編集]

  • 新雪地蔵 伯耆大山参道(1969年、出版社不明)
  • 三徳山三仏寺(1970年、研光社)
  • 因幡伯耆写真集(1972年、研光社)
  • 鳥取の年中行事(1976年、サン文庫/鶴田憲弥共著)
  • 長谷坂三千遍 -ある石仏との対話 雨の日も風の日にも-(1978年、サン文庫)
  • 続 長谷坂三千遍(1979年、サン文庫)
  • 続続 長谷坂三千遍(1982年、サン文庫)
  • シベリア抑留記「お陽さん ぽつんと赤かった」(1983年、サン文庫)
  • 因伯写真往来(1986年、サン文庫)
  • 長谷坂往来五千遍(1988年、サン文庫)
  • 三朝のしきたり(共著本)

書画[編集]

  • 不垢不浄(1981年
  • 心火摧破(1982年
  • 鯉のぼり(1983年
  • ええだないか(1983年)
  • ええだないか百拙百味【1】(1983年)
  • おらにゃ苦があって(1984年
  • 三相羅漢(1984年)
  • ええだないか百拙百味【2】(1983年)
  • 昨日在庵今日不在(1985年
  • たがいちがいに巨き掌(1985年)
  • 如火(1985年)
  • 一切世界中無法而不造(1985年)
  • 観音立像(1985年)
  • 骨太き足踏んまえて(1985年)
  • 猛虎千里不留行(1985年)
  • 露堂々(1986年
  • いろは美女(1986年)
  • 修羅八荒・青不動明王(1986年)
  • 観音座像(1986年)
  • 観音立像(1986年)
  • 白衣観音座像(1986年)
  • 心随萬境転・羅漢像(1986年)
  • 真妄(1986年)
  • ええだないか百拙百味【3】(1986年)
  • 寒山拾得(1987年
  • 宴山有幽奇(1987年)
  • 羅漢立像(1992年
  • 不動明王・懺悔文(1992年)
  • 善哉百拙百味(1993年
  • 桂林(1993年)
  • 笑門来福(1993年)
  • ええだないか百拙百味(1993年)
  • 野火焼不盡春風吹又生(1993年)
  • 酉年(1993年)
  • 春の雪降る女はまこと美しい(1993年)
  • 無垢清浄光・観音立像(1993年)
  • 甘露法雨・無垢清浄光(1993年)
  • ようこそようこそ(1993年)
  • 消災招福(1994年
  • 喝可々大笑(1995年
  • 無一物中無盡蔵(1995年)
  • 不動尊像・山水経(1995年)
  • 観自在
  • 百拙百味

その他[編集]

  • 現在、長女の中屋道子(旧姓:高木道子)が啓太郎の作品・著作物の著作権等を管理している。

外部リンク[編集]