高安古墳群

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高安古墳群(たかやすこふんぐん)は、大阪府八尾市の東部、高安山の麓に分布する古墳群。特に古墳が高い密度で集中する部分は「高安千塚」と称される[1]

周知の埋蔵文化財包蔵地名としてそれまで「高安古墳群」とされてきた高安千塚を平成24年度より高安千塚古墳群とし[2]、高安山麓のより広い範囲が高安古墳群に登録されている[3]

平成27年3月10日に、高安千塚古墳群が国史跡に指定された[4]

概要[編集]

八尾市の高安地区中部(千塚、山畑、大窪、服部川、郡川あたり)には約200基の古墳群が現存しており、その多さからこのあたりを「千塚」と呼ぶようになった。 古墳時代後期の6世紀から7世紀にかけて造られ、大正時代の調査で、かつては600基ほどあったとみられている。 その多くが、横穴式石室を持った直径10~20メートルほどの小さな円墳で、高安山の中腹、標高50~300メートルあたりに多く分布している。 大抵の場合、南側に開口している。 このあたりでは4, 5世紀の古墳時代前・中期にかけては巨大な権力を持ったごく少数の人物が巨大な前方後円墳を造った。しかし古墳時代後期には権力が分散し、財力のある小豪族がこのあたりに勢力を伸ばし、小規模な円墳を造るようになり、多くの墳墓が集中するようになったと考えられている。具体的な被葬者については詳細不明である。

明治時代初期に モースが開山塚古墳などを調査・スケッチをして、その成果を「日本におけるドルメン」として紹介している。 また、W・ゴーランドが二室塚古墳の写真撮影を試み、1897年(明治30年)に論文で「双室ドルメン」として発表していることが後の研究で判っている。 なお、坪井正五郎は1888年(明治21年)に「古墳・塚穴、ドルメン同源説」という論文を発表している。

主な古墳[編集]

高安千塚古墳群は4つの支群に分けられる。

大窪・山畑支群[編集]

  • 河内ドルメン(正式名:大窪・山畑36号墳)
地元では「ドルメン」「ドルメン古墳」と呼ばれている。墳丘の盛土が失われ、石室が完全に露出した状態になっている。2007年末現在、周囲は薮が生い茂っており、近づくことさえできない状態である。
  • 俊徳丸鏡塚(正式名:大窪・山畑27号墳)
  • 抜塚(正式名:大窪・山畑7号墳)
来迎寺境内(墓地)の南にある。石室が失われ、羨道部分のみが残ってトンネル状になっている。


服部川支群[編集]

  • ニ室塚古墳(正式名:服部川25号墳、 通称:双室ドルメン)
墳丘の盛土が削れ、石室の一部が露出した状態になっている。玄室が縦に2つ繋がっており、非常に珍しい形態とされ、二室塚の名の由来となっている。石室の石組みが脆くなっており、崩落の危険性があるとされる。

郡川支群[編集]

2007年末時点では、今後の分布調査により正式名称が変わる可能性があるとされている。また、郡川東塚・西塚古墳は支群の分布位置から大きく西へ外れており、支群に含まれないとされるが、便宜上ここで説明する。

  • 開山塚古墳(正式名:郡川1号墳。 法蔵寺境内にある。)
石室内部の広さが約15.7m2あり、高安古墳群内では最大級とされる。
  • 郡川東塚古墳
国道170号郡川交差点(府道東高安停車場線交点)から東へ約50メートルのところにあった。5世紀末頃に造られたとされる墳丘長約50メートル強の北向き前方後円墳で、1897年(明治30年)の農地開墾の際に石室から多数の埋葬品が見つかっている。2001年に住宅開発にともなう緊急調査として発掘調査がおこなわれたが、2006年には住宅地として分譲されており、現存しない。
  • 郡川西塚古墳
郡川東塚古墳の約100メートル西側、郡川交差点をはさんで反対側にある。墳丘長約60メートルの北向き前方後円墳で、1902年(明治35年)の農地開墾の際に石室から多数の埋葬品が見つかっている。現在は水田や植木畑に囲まれた雑木林になっている。

黒谷支群[編集]

周辺地区[編集]

高安古墳群のうち高安千塚古墳群を除く部分については、所在する地区名から、高安古墳群○○地区××号墳と呼称される。

写真[編集]

出典・脚注[編集]

  1. ^ 吉田野乃「八尾市教育委員会における高安千塚の調査」『高安千塚シンポジウム 記録集2』
  2. ^ 八尾市教育委員会『高安千塚古墳群 基礎調査総括報告書 本文編』例言
  3. ^ 愛宕塚古墳など周知の埋蔵文化財包蔵地としての高安古墳群からは外れているものについて、『基礎調査総括報告書』では高安古墳群周辺地域としてカウントしており、行政的な周知の埋蔵文化財包蔵地範囲と、実際に認識されている古墳群の範囲が異なることに留意が必要である。
  4. ^ 八尾市教育委員会 文化財課『国史跡 高安千塚古墳群』

関連項目[編集]