服部川

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服部川(はっとりがわ)は、大阪府八尾市の地名。581-0865、現住所表記では1丁目 - 9丁目および大字服部川。

現住所表記に変更される前は全域が大字服部川だった。かつては現在の東町の一部、東山本新町の一部も含まれていた。

歴史[編集]

令制国一覧 > 畿内 > 河内国 > 高安郡 > 服部川村

旧高安郡の千塚、山畑、大窪、服部川、郡川地区あたりには古墳時代後期の小規模の古墳が多数存在しており、これらの総称として「高安千塚」(たかやすせんづか)と言っていた。また、大阪と奈良を結ぶ旧い街道である立石街道とおうとう越がこの地で分岐している。『河内鑑名所記』には「服部川村 山上は立石越、ふもとハ千塚也、大石ニて塚穴を拵エ、何も南むきニ口ありて則千あり」とある。村の東方、高安山山頂付近に古代高安城、中世信貴山城出城があったとされ、『河内志』に「高安古城 在服部川村上方、俗呼志貴出城」とある。

正保郷帳の写しとされる河内国一国村高控帳石高は932石余。これには南隣の郡川地区の分も含まれている。分村後の石高は559石余。江戸時代以降、幾度か支配者が変わり、寛文9年に淀藩領となり幕末に至っている。明治以降の市町村制施行で中高安村の大字となる。昭和47年の現住所表記施行時に西側の一部が東町の一部、東山本新町の一部となる。

地理[編集]

中高安小学校の校門前にある「立石街道」と「おうとう越」分岐点の道標。
服部川5丁目付近を走る近鉄電車
(近鉄信貴線、河内山本-服部川間)
背後は高安山

服部川地域は、東西に細長く、西側の山麓では南北は500m弱で、東西は2.5kmほど。町域は高安山山頂周囲まで続く。

町内のいちばん西を大阪外環状線が通り、その東を東高野街道国道170号)が南北に通る。立石街道が東西に通り、中高安小学校の前で立石街道とおうとう越が分岐する。山麓部では東西に近鉄信貴線が通り、地区の中心部に服部川駅がある。

主な施設等

(1丁目)

  • 八尾リハビリテーション病院

(2丁目)

(3丁目)

(4丁目)

(5丁目)

(6丁目)

(7丁目)

(8丁目)

  • 服部川公民館

(9丁目)

(大字服部川)

※全域が高安中学校中高安小学校校区となる。

参考文献[編集]

関連項目[編集]