駒野城

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駒野城
岐阜県
別名 特になし
城郭構造 山城
築城主 高木貞政または瀬戸道明寺
築城年 文明年間または正暦年間
主な城主 土岐氏)、高木氏
廃城年 1600年
遺構 土塁
指定文化財 海津市指定史跡[1]
位置 北緯35度13分31秒
東経136度35分47.9秒

駒野城(こまのじょう)は岐阜県海津市にかつて存在した中世日本の城山城)。駒野集落の北西にある。標高30mほどの丘に本丸とみられる郭があり、東・西・南を土塁が囲んでいた。跡地は海津市立城山小学校となっている。

正暦年間に瀬戸道明寺が築城し、鎌倉時代土岐氏が改築したとの伝承がある。一般には文明年間に高木貞政が築城したとされるが、その伯父・高木貞成が築いたとの記録もある[2]。貞久は織田信長に仕え、今尾城主となった。織田信孝が亡くなった後は駒野城に戻っている。息子の高木貞友徳川家康の家臣となり、1584年天正12年)に小牧・長久手の戦い羽柴秀吉が駒野城を大軍で攻めた際には、よく耐えて守り抜いたという。関ヶ原の戦いの後、西軍の池田秀氏らが一旦籠城したのち、開城。その後、廃城となった。

所在地[編集]

岐阜県海津市南濃町駒野1317

アクセス[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 海津市の文化財 ”. 海津市. 2013年5月15日閲覧。
  2. ^ 『高木家先祖書』

参考文献[編集]

  • 日本歴史地名大系(オンライン版) 小学館