須川邦彦

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須川 邦彦(すがわ くにひこ、1880年明治13年) - 1949年昭和24年)6月2日[1])は、日本の船舶関係者、著作家。

経歴[編集]

1880年(明治13年)年、東京に生まれる。1905年(明治38年)、東京商船学校航海科を卒業後、大阪商船に入社する。日露戦争では水雷敷設隊として、第一次世界大戦では船長として参戦した[2]1918年(大正7年)、商船学校教授を拝命、翌年からは東京帝国大学講師を兼任、1921年(大正10年)には欧米に留学した[3]1936年(昭和11年)、東京高等商船学校校長となり、翌年退職、他に海洋文化協会常務理事、高等海員審判所審判官なども務めた[4]。趣味は象の研究。1949年(昭和24年)死去。

無人島に生きる十六人[編集]

月刊少年雑誌「少年倶楽部」に1941年(昭和16年)10月から翌年10月まで海洋事実物語として連載された作品(挿画は北宏二)で、最初の単行本は1943年(昭和18年)に「少国民の日本文庫」の一冊として発行され、その年の「野間文芸奨励賞」を受賞した[5]

著書[編集]

  • 『戦時に於ける商船の自衛』損害保険事業研究所〈特別講演速記録 20輯〉、1935年。NCID BA34165978
  • 『船は生きてる』天然社、1941年5月。全国書誌番号:46042553NCID BN05642601
  • 『象の話』桑文社、1942年11月。NCID BA30298936
  • 『海に生きるもの』天然社、1942年12月。全国書誌番号:46018484NCID BA62181043
  • 『海洋日本』童話春秋社〈少国民海洋文庫 1〉、1943年4月。全国書誌番号:45026077NCID BA69298300
  • 『無人島に生きる十六人』大日本雄弁会講談社〈少国民の日本文庫〉、1943年6月。全国書誌番号:20997829NCID BA42023811
  • 『闘ふ日本の船』大東亜社、1943年11月。NCID BA57114728
  • 『戦力と船力』羽田書店〈青年海洋科学叢書〉、1944年2月。全国書誌番号:57013727NCID BN15383962
  • 『象をたずねて』大日本雄弁会講談社、1948年3月。全国書誌番号:20731939NCID BB04044042
  • 『海の信仰』上、海洋文化振興、1954年3月。全国書誌番号:54009861NCID BA4606863X
  • 『海の若人』海洋文化振興、1955年2月。全国書誌番号:58011541NCID BA3247649X
  • 『海の信仰』下、海洋文化振興、1956年12月。全国書誌番号:57003741NCID BA4606863X

脚注[編集]

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  1. ^ 「須川邦彦氏(元東京高等商船学校長)」『朝日新聞』、1949年6月11日、2面。
  2. ^ 須川邦彦 | 著者プロフィール | 新潮社
  3. ^ 『海に生きるもの』(天然社、昭和17年発行)巻頭の著者略歴より
  4. ^ 『象の話』(桑文社、昭和17年発行)巻末の著者紹介より
  5. ^ 野間文芸奨励賞受賞作一覧1-5回”. 文学賞の世界 (2014年11月1日). 2021年8月22日閲覧。

外部リンク[編集]