阿部典英

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阿部 典英(あべ てんえい、1939年12月 - )は日本彫刻家

北海道札幌市出身、疎開により同島牧村で少年期を過ごす。[1]北海学園大学経済学部卒業。元浅井学園大学(現在の北翔大学教授。立体造形において独自の表現を追究、造型作品を多数発表し、日本の現代美術をリードする先駆的存在として第一線で活躍している。また、美術教育家としても、後進の育成指導に尽力している。

来歴・人物[編集]

1939年札幌市生まれ。父親は島牧郡東島牧村(現島牧村)、母親は寿都郡寿都町出身。疎開により、幼年期を茅部郡森町・寿都郡黒松内町などで過ごした後、5歳の時東島牧の父方の祖父母の家に移り、中学時代まで育った。本人も「島牧に自分の原風景がある」と語る。北海道札幌東高等学校に入学、美術部に入部したが、部の顧問教師に阿部の抽象絵画が受け付けられず、退部した。友人に誘われて入部した書道部書家加納守拙に出会い、芸術的な才能が開花した。高校時代の間、300枚の前衛的な書道作品を描いた。なお同級生には保阪正康がいる。

1961年第16回行動展で絵画部門新人賞を受賞。翌年にはシェル美術展(東京)で二年連続の佳作賞を受賞するなど、衝撃的なデビューを果たした。この時代、米谷雄平らとともに前衛的な美術グループ展なども行っている。その後、レリーフ作品を手がけ、立体へと移行。様々な素材を使い、自由な発想による作品を発表した。 1980年代からは木彫作品も手がけ、「KI」シリーズでの黒鉛を塗ることで鈍い光を放つ独特のフォルムや、鮮やかな色彩に満ちたレリーフ状の作品群など、「オヨメサン」「ネエ ダンナサン」といった意表をついたタイトルとともに、斬新な作品を発表している。2007年には洞爺村国際彫刻ビエンナーレ小田襄賞を受賞している。

1996年北海道女子短期大学工芸美術科教授。2000年北海道浅井学園大学生涯学習システム学部教授・同生涯学習システム学部長。2006年退職。

代表作[編集]

  • 「MOKUJIN」
  • 「KI」
  • 「オヨメサン」
  • 「ネエ ダンナサン」

受賞[編集]

  • 1961年 行動展新人賞、第5回シェル美術佳作賞
  • 1962年 第6回シェル美術佳作賞
  • 1973年 集団「12稜空間」として北海道芸術新賞
  • 1986年 TODAY作家集団として第1回道国際文化交流賞
  • 1996年 木の造形・旭川大賞展優秀賞
  • 2000年 札幌市民芸術賞
  • 2007年 洞爺村国際彫刻ビエンナーレ 小田襄賞
  • 2011年 北海道文化賞

著書[編集]

  • 親子で楽しむデザイン技法(青娥書房、1981年)
  • デザイン・絵画・造形表現技法基礎事典(富士書院、1988年)
  • 海底―阿部典英素描集(其水堂金井印刷株式会社、2003年)

脚注[編集]

  1. ^ 北海道新聞「わたしの中の歴史」(2011年5月9日)

参考文献[編集]

  • 『北海学園120年の群像』(北海道21世紀タイムス、 2005年)
  • 『阿部典英 - 工作少年、イメージの深海をゆく』(北海道道立近代美術館編、響文社、2012年)